葬儀の小話

ご無沙汰いたしております、三日坊主です

2020年8月31日に当ブログを終了して、もう6年になるんですね。ドメインも破棄し、一切関わる事なくスッパリと。当時2020年はコロナ禍でえらい事になっていた年。私も含めて、先の見えない中で皆さんも心が殺伐としていたのかもしれない。私も色々な事に少し疲れてきたのと、現役ではない立場でコロナ禍の葬儀業界の実態が見えなかったんです。だから書けない。そんな事もあってやめたんです。
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6年を経ると、身内が5人も亡くなったというどえらい話

まあ、よく死にます。従兄弟が2人に叔父・叔母が3人。この葬儀すべてをサイドバーにリンクを貼っている後輩の彼に依頼しています。昔からの業界の慣例として、葬儀を紹介すると一定の手数料(お礼)が発生します。私が業界に入った頃からあったので、もっと前からあるんでしょうし、今もあります。相場が決まっている訳ではなく、当時は祭壇を売るのが葬儀屋のビジネススタイル。その金額の1割が目安で50万円なら5万円。100万円なら10万円と、結構な小遣いになる訳です。
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ふと思った、葬儀屋が見積もりをする時の気持ちを書くべきと

あなたの目の前にやってきた葬儀屋さん。親切そうに見えるその人は、何を考えながら見積りを進めるのか。そんな小噺を一つ。担当者にとって売上は至上命令です。なんでもいい訳じゃない。施主の「どの辺り」が希望かわからないから、まずは軽く流れを説明しながら商品の種類と金額をさりげなく振ります。例えば、納棺の前には湯灌という儀式があるんですが、と振れば、納棺師の影響でみなさん良い方のイメージが浮かぶんです。絶対に必要ではないのですがと言えば安心するんです。
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葬儀業界って、健全な、絶対的トップ企業が生まれないんですよね

私が小学生ぐらいの頃、八尾空港からのセスナ機が大阪市内上空を旋回しながら「センター・センター・互助センター・冠婚葬祭互助センター」と宣伝してました。毎日、毎日、大音量でうんざりするほど飛んでいたのでいまだに覚えているんです。責任とってや、ベルコさん。大阪祭典の隙間を狙って、阪神互助センター(現ベルコ)が勢力を伸ばそうという頃、子供の成長とと共に、やがておふくろも御多分に洩れずホイホイと加入していました。
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チコちゃんに叱られる、クジラ幕の話

「ねえ〜、ねえ〜、オカムラぁ、どうしてクジラ幕っていうの?」と、チコちゃんに聞かれ返事に困った方も多いと思います。黒と白が交互に並ぶこの幕は、古くは御神事で使われていたものが、葬儀の場で使われるようになり、それがいつしかクジラ幕と呼ばれるようになりました。葬儀業界に入った時、これ以外にも訳がわからない言葉が多く、よく勘違いしたものです。入社して間もない頃、社長から「おい!御厨子持って帰れよ」と言われた事があったんです。
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あなたのその数珠、大丈夫ですか?

数珠はどこで買う?皆さんはどこで数珠を購入されるでしょうか。一度買えば相当な期間、買い替えることのない数珠ですが、私は30年くらい前に友達のお父さんに紹介された山田念珠堂さんの数珠を使っています。これが当時購入した数珠で、左はアメジスト。右...
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「阪神・淡路大震災」葬儀屋人生で忘れられない日・その2

これを三途の川と言うんだろうか震災直後の仕事を終えての帰り道、一番ショックを受けたのは、同じ尼崎でも川一つ越えたJR尼崎駅近くでパチンコ屋や風俗店が普通に営業していて、そのキラキラネオンが目に入った時です。別にそれが悪いという訳ではないので...
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「阪神・淡路大震災」葬儀屋人生で忘れられない日・その1

1月17日 午前5時46分ブログを再開するにあたって、やはり葬儀人生の中で一番忘れられない出来事の「阪神・淡路大震災」での経験を最初に書きたいと思いました。1995年1月17日。その日は、大阪・八尾市の自宅で揺れたと同時に驚いて飛び起きまし...