葬儀という民俗文化がここまで崩壊した、葬儀屋の罪と遺族の罪

一般向け葬儀の小噺

古くはみんなでやったのが葬儀

私が葬儀業界に入った30年ほど前は、大阪市内でも亡くなると班長を通じて自治会長へ連絡を入れ、受付・帳場(主に香典の管理のみ)係や、お寺の控えになる家を貸してもらうようにお願いしてました。

大阪府内の地方へ行くと、葬儀のお金の流れを全て管理する帳場が立ち、その中心に区長(自治区長)が座り、指示を出すのです。

炊き出しもあったのでその費用然り、茶菓子に至るまで領収証と引き換えの世界。葬儀の費用も帳場が決める。

役割りもあって、先ほどの帳場以外に墓掘り・天蓋、四本旗などの葬具作成係・炊き出しなど、葬儀に関する全ての事を村(区域)総出でやる。

坊主の人数は檀家総代が決め、お布施の額も総代に相談する。村の中には宗派の違う寺がいくつかあるけど、役僧や楽僧は葬儀を行う宗派が務め、村の寺は脇導師としてお布施の互助会が完成。

火葬でない地域の場合、墓まで葬列を組む。天蓋を先頭に棺が続き、墓標、位牌を持つ喪主、遺影写真をその伴侶や子供、四本旗や地域独特の手作り葬具、樒を担いだ人達が歩いて行く訳です。

時代の変化

この当時でも村人全員が農業や林業でもない。当然、勤めに出ている人もいたけど村で葬儀なんでと言えば休みを取れた。

それが徐々に休みも取りづらくなって、炊き出しもお弁当に代わり、帳場も受付だけで香典を管理するだけになった。土葬の地域も火葬場へ行くようになり、葬列は霊柩車に代わりました。

大阪市内も同じように坊主の休憩所はなくなり、受付は親族の孫がするようになった。檀家総代がいても出しゃばる事もなくなり、お布施は坊主と施主のダイレクト交渉状態。

すると、それまで村の区長・自治会長に仕切られていた葬儀が葬儀屋に相談するようになる。葬儀屋も自治会という足枷がなくなり、費用も自由に提示できるようになってきたんです。

お布施の相談も葬儀屋が受ける。すると何が起きると思います? 悪い奴はいつの時代もどこにでもいるもんで、菩提寺と檀家の間に入ってお布施を中抜きする奴が出てくるんです。

マジシャンか、お前

施主は葬儀屋に相談する。葬儀屋は坊主に目安を伺う。坊主は「お気持ちで」が大半ですが、中には「お布施表」のように紙に金額を書いたものを出してくるところもある。

この場合は諦めてスルーするのですが、お気持ちでと言われると大体の相場があるので、葬儀屋はそれに上乗せした金額を施主に伝える。

事前に用意した二つのお布施袋。一つは施主に渡して相場より高い金額を包んでもらい、挨拶に行くまで持たせる。もう一つは自分で相場の金額を包んで、そっと胸の内ポケットにしまっておく。

これで準備は完了。いざ挨拶にとなると、葬儀屋は喪主を促し「先ほどのお布施袋をお預かりします」と、へぎ(いわゆる折敷(おしき))や黒い小盆にうやうやしく乗せるのですが、ここで魔術師登場なんです。

この時にさりげなく、お気持ちより余分に包んだお布施を左の内ポケットに。お気持ち通りに包んだお布施を右の内ポケットから取り出して乗せるのです。

まだ駆け出しの頃、これは実際に私が見た事実です。司会を担当する「あんこ」の悪人が左や右にとやって不審に思ったのでわかったんですよ。

村が葬儀を仕切っていた時代なら菩提寺と檀家の間に総代が入って、お布施の相談とご挨拶はその3人でやりましたからできなかったんです。

「あんこ」とは、大阪に存在していた葬儀経験者の集まりの、今でいうフリーランス集団。主に一人の親方と数名の部員(あんこ倶楽部と呼ぶので)から構成され、日当は日銭で3〜5万円ぐらいでした。

村の監視から離れた葬儀が発端

とまあ、こんな事ができるほど葬儀屋が中心になって葬儀が回ってしまうようになった。すると次はどうなると思います。時代はバブル絶頂期。祭壇金額が凄い勢いで釣り上がっていったんです。

この頃、兵庫県の西宮では100万円以下の祭壇は受けないなんてところもあったし、奈良県では、毎回、新品の祭壇を用意して数百万円なんてのも通用してた時代なんです。

その後、景気も冷え込んできて社葬も極端に減った。社葬なら公益社と言われていたけど、金持ちばかり相手にしていたから気付けば町会との付き合いなんて全く無い。なので焦って、よく挨拶回りをしてましたね。

そんな時代を経て、今度は香典辞退が流行った。それを必死に抵抗しようと葬儀屋が考えたのが「当日返し」。香典返しをその場で渡すやつ。

やり始めは金額に応じて複数の返礼品を用意したから、受付の背後がゴチャゴチャの物置状態。その後、カタログギフトが主になってある程度は受け入れられた。

それでも香典辞退の波は続き、やがて香典を持ってこないように家族だけでやろうとなり、これも必死に葬儀屋は抵抗した。売上げが減るから。

そして皆さんがご存知のように火葬のみとか、直葬なんて言葉が出てきたんです。

これ皆さんが望んだ結果じゃないんですよ。大手葬儀社の隙間を狙って仕事を確保したい個人の葬儀屋や、中小の葬儀屋が提唱してきた事なんです。

要は、仕事が欲しいから儀式なんてどうでもいいんです

このタイトル通り、安くても仕事を確保したいだけ。そもそも葬儀屋なんて始めるのに何の許可も必要ないから、雨後の筍のように湧いてくる。

当然、そいつらも仕事をしないと生きていけない。駆け出しの頃、先輩に厳しく叩き上げられて宗派による儀式の違いを重んじて担当してきたのに、いざ、自分の飯の種のためならそれを平気で捨てれる。

自分が軽薄な葬儀を提唱というか、流行りを作ってなくても、もうすでに始まっている世界で独立したら資金もないから日銭が要るので、そこで同じ事をやるんです。

これが大まかな葬儀の時代の流れです。当然、景気による消費者の要望もあるし、時代の変革もあるから葬儀の形は変わると思います。

ですが、調子に乗って我先にと死者を貪り食ってきた結果、自ら作り出した「葬儀は不透明で高い」を逆に利用して、自分のところはちゃいまっせとやる葬儀屋が多いという事です。

葬儀屋の罪と遺族の罪

それらを払拭するためと、他から仕事を奪うためにに誰かがやり始めるのが、故人の尊厳を敬うなんて事をぶっ飛ばした軽薄な葬儀なんです。

結果、そのしわ寄せは消費者にいき、皆さんも自分でできないから葬儀屋のいうままに流れに乗る。その繰り返しで葬儀文化は金儲けの道具に変わった。

遺族はそんな葬儀屋から自分たちを守るために家族葬を選んだけど、まだこの頃は儀式を敬い、故人の尊厳を守ってきた。

事情があって、やむなく直葬を選択せざるをえない方もいるのは当然です。だって、葬儀屋が高すぎるから。安くていい葬儀ができない商品構成だし、それしか選べないから。

でも、そうじゃない環境の人もそれを選択するようになった。もちろん、自分たちだけで葬儀ができない業界の構造だし、やりたくても予算が合わない。

ただ、悲しいかな、長年見てきて思うけど、一部の方は自分たち家族の生活だけを守るために葬儀屋が勧める直葬を言い訳に使ってきたんです。

どんな人? 見積もりの時に急に参戦してきて、「あれ要らんで」「そんなん、誰も食べへんって」と言いながら、香典も大して包まず、いの一番に座って最後まで食べてるその一族がそんな人々。

明日、自分が死ぬなんてありえないから考えない。気付けば、今度は自分が送られる番になって、姥捨山にポイ。その時に寂しさを感じても遅いと思います。

自戒を込めて敢えて申し上げますが、1本づつ折る枝に気付かず、自分たちだけで生きている訳じゃない事を教えられるのが古き良き時代の葬儀でしたから。

その枝を捨てている葬儀屋と利用している人々にとっては、まさに因果応報の罪です。

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