葬儀紹介業者への疑問、通夜って「式」という商品なのか?

横たわる金の仏像
横たわる金の仏像

先日、改めて葬儀の価格を見て回っていたら、どうもネット上で紹介を生業とする皆さんの表記が気になるところを見つけて、「んっ?」と。これでは消費者は勘違いするし、このやり方って、あなた方が批判の対象としている昔の葬儀屋みたいに思うんですけど…

これって、校閲ガール入ってないの?

まず引っかかったのは、小さなお葬式(以下、小さな)のホームページで一番最初に目に飛び込んでくる「みんなが選ぶ小さなお葬式は、家族葬が追加料金不要で19.3千円」というメッセージです。ここでまず火葬のみのプランを「家族葬が19.3千円」って言い切ってます。

で、そのまま下にいくと、年間24,000件の依頼実績だとか、満足度93.8%(弊社調べ)とか、全国最多数の最高品質の葬儀場(登録している葬儀社の所有物ですケド)なんて言葉が出てくる。どや!って感じで、その実績をマスコミ各社に取り上げられてまっせとくるんです。

次に、「なぜこんなに選ばれているんでしょう」と一人突っ込みがきて、その理由が「それは、価格と設定プランの徹底的な見直しにあります」とあり、その対比として全国の葬儀費用の平均金額(122万円)を上げている。

第10回一般社団法人日本消費者協会のゆるいデーターを元にした122万円を高いと言い切り、その費用は、あくどい葬儀社が消費者の無知をいいことに、高額な価格設定をしているためにこのような金額になるんですよと。

そこで、消費者の味方である「小さな」は、

「小さなお葬式」は、これまで当たり前となっていた120万円以上もする高額な葬儀代金に疑問をもち、葬儀社が提示した不明瞭な価格を”適正価格”に見直し、本当に必要な物品・サービスだけを提供しています。

として、先に表示していた19.3千円の葬儀を比較対象に持ってくるのです。見えないくらいに小さな字で「※小さな火葬式は直葬プランのため祭壇はありません」と注意書きを添えて。(オイオイ、ここは突っ込まんのかい)

その下に同じ低価格の葬儀を提示している葬儀社でも追加料金が発生するとして、「小さな」では追加料金は一斉不要と言い切る。

これ、やばくないですか? 消費者が勘違いしますよ。まず、一般的な平均価格の葬儀と火葬のみのプランを比較すること自体がおかしいし、祭壇やその他宗教者へのお礼も含めての費用と、その一部である火葬を対象にする意味がわからない。

それならせめて「小さな」にもある家族葬プラン49.3千円と比較するべきではないでしょうか。そして、他社で同様の火葬のみのプランを提供する葬儀社では追加料金が発生するって、どこの葬儀社なの? あるかもしれないけど、これは言い過ぎ。過剰な表現です。

校閲坊主の視点

もう一つ気になるのは、「小さな」では、通夜のことを「通夜式」と表現している点。ここも、お通夜を特別なものにしている表現がおかしいと思うのです。通夜があると高くなり、無いと安いというのは、通夜そのものを商品構成の一部として見ている証拠で、間違ってます。

(シンプルなお葬式(以下、シンプル)や、イオンのお葬式(以下、イオン)は、意外や意外、通夜式とは表現していません)

お通夜(お逮夜)は、葬儀や命日の前日に付帯するものであって、特別な儀式ではありません。故人を夜通し終夜守る「時」を通夜と表現するだけで、火葬のみの葬儀であっても、社葬であっても、宗派を問わず分け隔てなく存在するものです。

また、仏事的には通夜は法要の場であり、宗派によって違いますが、臨終・通夜・葬儀と続く成仏への、お浄土への法義があり、そのために必要とするお経があります。夜を通して、始まる時間を決めて法要を営む事がありますが、それが簡略化され、現在の6時通夜・7時通夜なんてスタイルになっているだけです。

なので、通夜式なんて表現はしません。そんな「式」はないのです。平たく言えば、通夜は故人と遺族と近親者と宗教者の時間であって、これを葬儀社が定義するのは、法義への冒涜じゃないでしょうかね。

あっ、忘れてた。「シンプル」さんなんか、Amazonでお寺さんを売っているのを。すでに冒涜してたから、葬儀紹介業者の感覚ではこれぐらいは平気でしたよね。

やはり、システム的に無理があると思いますケド

おおよそですね、このように無知な消費者を余計に惑わすしてるのは、無知な紹介業者じゃ無いんですか。葬儀社を「不明瞭」な存在として、自らは「明瞭」だと言い切る。しかし、みなさんご承知のように、その不明瞭な葬儀社に登録をさせて、施行を委託するんです。この矛盾が、自社の商品構成にも現れていると感じます。

人の褌で相撲を取る商売が、この先、どこまで品質を維持できるんでしょうか。シェア争いで目新しい葬儀を創り出してくるのは常套手段。そのうちにもっと奇をてらった商品をって事で、バカな奴が考えた葬儀とは言えないものが出てくるんでしょうね。

そして、これからも一旗揚げようと乗り込んでくる、薄っぺらい理念をもった連中がウヨウヨいる。彼らはスマホゲームに夢中になり、電車の中でも高齢者や目上の方には席を譲らない、座席に荷物をお座りさせても当たり前と感じる、そんな世代の者たちからも出てくる。

と言えば偏見かもしれないが、葬儀をターゲットにしてビジネスにしようと思うなら、せめて常日頃から手を合わす事のできる人にしてもらいたい。

葬儀を商売にするなら

自戒も含めて思いますが、朝礼や会議では社訓であるとか、理念であるとかを唱和したりしてきたけど、もっと大事な事は、葬儀を生業とするなら、まず供養の心を表す、神仏への感謝を表すためにみんなで「手を合わせて、祈る」事を本義とするべきですね。

計数管理の前に、なぜ葬儀の仕事なのか、葬儀の仕事って何を一番に考えて行動するのかを身に染み込ませるには、神仏を感じないと絶対ムリじゃないかな。

生と死を繋ぐ意味や、宗教の歴史とその存在意義を振り返って、基本に沿った葬儀を消費者に提供する上で、自らが関わってきた葬儀、これからご縁のある方の葬儀に対して、常に本義を忘れずにいるためには、朝礼や会議の最後でもいいから、皆でその方々の供養を祈る事です。

葬儀紹介業者のみなさんの葬儀プランの考え方や、その扱い方に疑問を感じた事から、そんな事を取り入れていただきたいなと思いました。

でも、やっている事を宣伝に使わないでくださいね。すぐ、アピールになんでも使いたがるけど、それではその行動に意味や尊厳がなくなるので。そこわからなきゃ、イケてないですよ。

同様の指摘を問う意見は、考える葬儀屋さんの以下の記事も参照ください。

日本消費者協会の「第10回葬儀のアンケート調査」が相変わらずいい加減な件

小さなお葬式」が安い「本当」の理由

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