『葬送儀礼から直葬へ』弔いの変化を防げなかった罪人たち | ページ 6 | 直葬は、間違ってます by 三日坊主

『葬送儀礼から直葬へ』弔いの変化を防げなかった罪人たち

罪状認否

葬儀を行う場所がホームとなり、アウェイの時代の苦労や注意するべき事を見失い、欲望というレンズを通して喪家を見ると、そこには一体 ≒ 平均単価という絵図らしか見えないのだろう。先を見ず、目先の利益を優先した事により、未だその大きな負担である「気遣い」をプランとお世話で充当できると勘違いしている葬儀社。

村の葬儀から会館葬へと仕組みが変わっても、教えを盾に頑固なまでに自己を押し通し、融合するという行動を取らず、新たな法話のカタチ、ご縁の結び方を模索しなかった田舎の菩提寺。

菩提寺と檀家の仕組みが変わっていく中でも、末寺の奉納であぐらを組んで組織改革の手を打たず、宗教法人は自己責任という印籠をかざして寺院を維持できない末寺に救いの手を差し伸べず、挙句、放置した末寺が僧侶派遣に登録すると販売会社ではなくお門違いのAmazonへやめてくれ〜と泣きつく、高僧と呼ばれる方々が集う、全仏や各本山。

だ〜れも、その葬儀を行わないといけない喪主とその伴侶の気持ちをカバーできていない事にも気付かず、忘れ物と間違いに気づかないまま、宗教の都合・葬儀社の都合と自分たちを優先してきたツケが大阪府の女性のコメントにあると思います。

この傾向は、今更もがいてもどうにもならない。事業者に任せても、一族の利益が優先される環境では真っ当な少数の意見も活かされない。そんな現状で葬送儀礼をきちんと行うためには、葬儀社とは営利関係のない喪家と葬儀社の間に立ってコーディネートする新たな「SOGI組」が必要だと感じています。

(SOGI組って、三日坊主の活動趣旨はそこにあるのですが、サイト上にアップすると、これも胡散臭く見えるところが残念…デス)

●長男の嫁です。義両親の際、看病があり、葬儀を終えるにはかなりな体力を要しました。仮通夜のようなこともしましたのでご近所の方々もいらっしゃり、通夜、本葬では義兄弟の連れ合いの親戚や勤める会社の方々も多数来られました。帰宅直後、義兄弟から『誰からいくら香典をもらったか?』と電話があった時には虚無感だけでした。ゆっくりと義親を悼むことが出来たのはかなり後です」(大阪府・50代女性)

次ページは「朝日新聞デジタル 2018年2月4日05時00分の記事」よりの引用です。

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