『葬送儀礼から直葬へ』弔いの変化を防げなかった罪人たち | ページ 5 | 直葬は、間違ってます by 三日坊主

『葬送儀礼から直葬へ』弔いの変化を防げなかった罪人たち

複雑化していく葬儀の末路、それが直葬へと繋がっています

葬儀社は毎年度、売上向上を狙っている会社という法人ですから、少しでも売上を伸ばしたいので祭壇だけでなく、これまで祭壇に含まれていた棺や霊柩車などをバラバラにし、オプション品として販売するように変化していきます。これ以外にも新たなオプション品を構成し販売する事により葬儀を一層複雑にしました。

葬儀の内容も、それまで祭壇を決めれば済んだものが、オプション品を売り込みたい葬儀社の 欲望を 説明を聞きながら一つずつ決めていくというスタイルに変化した事により、見積りにも時間がかかり、喪主の負担も増大します。

料理にしても、これまで婦人部の方々が勝手にやってくれていたのに、その内容や数量、そして金額も喪主が決めないといけない。「足らないと失礼ですよ」という葬儀社の戯言に惑わされて、数量的にも香典に対するお返し的にも終日、気を使う羽目になるのです。

喪主の伴侶にしても、病院から親族に気を使い、遺体と共に自宅に戻れば、集まった親族へお茶を出したりしないといけない。女性なら「喪主の奥さんでしょ」という立場を背負わされ、親族の不満のはけ口として格好の餌食になってしまうのです。

喪主である旦那さんにも、スマホばっかりいじっているバカだけど可愛い子供にも、好き勝手な事ばかり言って親の面倒は長男である旦那に任せっぱなしで、結局は私がやってるんですけどと言えない義理兄弟の面々にも、金は出さないけど遺産は欲しがる連中にも、微笑みながら喪主の妻を演じて気を遣い、葬儀費用の心配もしないといけない。

喪主もその伴侶も、これまでの村の葬儀では存在しなかった「気遣い」と言うものに押しつぶされそうになりながら神経をすり減らし葬儀をしないといけない。区長・帳場・役割・婦人部・そしてお寺の担当である総代の役割も、全て喪主とその伴侶がこなさないといけない葬儀に世間はついていけないですよ。

そうなるとですね「私の時には簡単でいい」とか、「火葬してくれるだけで良い」って気持ちに当然なります。仏壇や神棚なんて無い、信仰心なんて芽生える環境に無い、親の財産だけを頼りに住宅を購入した優秀な子供達はその言葉を鵜呑みにし、お金はあるのに親がそう言っていたからと直葬を選択し、遺骨を海にバラ撒いてその後の供養事からも避けようとする。

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