『葬送儀礼から直葬へ』弔いの変化を防げなかった罪人たち | ページ 3 | 直葬は、間違ってます by 三日坊主

『葬送儀礼から直葬へ』弔いの変化を防げなかった罪人たち

「葬儀を支える仕組み」だからこそ喪主に専念できた環境

これまで村の時代について何度か書いてきましたが、この基本は「村人総出で葬儀を行う」事です。地域によって言い方は違いますが、組長(総代・自治会長)をトップとして組織された葬儀組(自治会・村)が帳場を立て全てを取り仕切ります。

その村で不幸が起きた場合、まず隣組のメンバーが集まりその死の処理にあたります。現在なら、病院から搬送する遺体を寝かせる布団を準備したり、皆さんの座布団を用意したり、遺族や親族への軽い飲食を用意したりする訳です。

その後、菩提寺と組長へ連絡を入れ、組長を交えてどのような葬儀にするかを相談します。で、これと前後して葬儀社がやって来て、具体的な葬儀の内容について話し合うのですが、当時、葬儀屋や葬斂屋(そうれんや)と呼ばれた連中は、『帳場が管理する葬儀』の監視下に置かれるため、 ぼったくりを 強引な見積もりはできなくなります。

葬儀の内容・単価においても、「前回の別の家の葬儀」や「これまでの葬儀」で村では衆知の事実なので比較されますし、「その家に相応しい内容や金額」にも帳場は干渉してきます。

葬儀の日時が決まると、それに合わせてそれぞれの「役割」が振り分けられ作業が始まります。葬儀の役割は帳場だけでなく、遺族や親族、そして参列者に至るまでの飲食の用意と接待は葬儀組の女性陣が全て仕切ります。棺を運ぶための竹の切り出し、葬列に必要な天蓋・四本旗・樒・提灯・お墓で必要な葬具なども、その役割担当の人が作成します。

また地道な役割の誘導係もそうですし、各役割間への連絡担当もいます。書記もいて全ての事象が書面に記録され残って行くのです。そして、お寺担当は総代を筆頭に講が協力しますし、御詠歌も講の婦人部によって通夜に行われます。

これら役割にかかる経費は、予め喪主から預かった資金を元に全て帳場から出金され、香典・供花・供物・供樒なども全て品名・金額・芳名を記録されて、葬儀施行における全ての出納が書面で残るのです。そして葬儀社への支払いも施主ではなく帳場が行うため、支払い総額も明瞭化され、監査機能としては完璧なのです。

このように多くの人の手に支えられ、喪主や喪主の伴侶はその役割に徹する環境が整っていました。ただこの仕組みでは、はっきり言って費用を抑えるなんてことはできません。また、自分の葬儀が終わったら、次は自分が協力する番となるため仕事も休まないといけないのです。

時代は変わり、村を支えた家族から子供が独立し村を出て行く。仮に残っていても「葬儀の手伝いのために休む」事をいつしか社会は受け入れなくなり、その重要性を認める意見は少数派となってしまった。結果、葬儀組が機能しなくなるにつれて、葬儀の場所を葬儀会館へ移すしか村の葬儀を行う方法がなくなってしまったのです。

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