『葬送儀礼から直葬へ』弔いの変化を防げなかった罪人たち

遠山の金さんのイラスト
遠山の金さんのイラスト

『葬儀なんかクソ喰らえ』って感じになったのは、やっぱり僧侶と葬儀屋が悪い。と、改めて強く感じた話です。少し長く申し訳ないのですが、今の葬儀の問題を考える上では大切なポイントだし、それを実際に見聞し、関わってきた私としては罪滅ぼしとしてお伝えしたいと思っています。

昨今の葬儀事情

先日、朝日新聞デジタルのフォーラム「弔いのあり方:1 お葬式」で、最近の葬儀事情を垣間見るコメントが多数寄せられていました。葬儀を供養と捉えている人もいれば、お布施への不信感からか僧侶を呼んでまで葬儀を行う必要はないと言う意見もあります。

価値観の多様化の時代とはいえ、人を送る儀式がなぜこうなってしまったのか。コメントを読み解いていくと、そこには葬儀の移り変わりの中で、喪主の思いを置き去りにした宗教者のおごりと葬儀社の拝金主義しか見えてこないのです。

(フォーラム)弔いのあり方:1 お葬式:朝日新聞デジタル
 団塊の世代が高齢化し、“多死社会”が本格化します。大切な家族が亡くなったら、どこに相談すればいいのか。葬儀の費用はいくらかかるのか。自分が眠る墓はどうするのか――。お葬式やお墓への不安が尽きません。…
朝日新聞デジタルはウェイブ魚拓で保存できないので、旬を過ぎると読む事ができません。一応、リンクを貼っておきますが、これもいつまで見れるかわかりませんので、少し目障りですが、フォーラムの意見を引用という形で記事の最後に残しておきます。

なお、引用部分は全て「朝日新聞デジタル 2018年2月4日05時00分の記事」に掲載されたものです。

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