お寺の後継者問題と葬儀との関係 よし、寺院を建立するか!って葬儀業者がいればカッコいいんだけど

ブータンの子供達
ブータンの子供達

お寺の後継者問題

以前、「保育園落ちた日本死ね!!!」で有名になった「はてな匿名ダイヤリー」で、先日『現役僧侶だけど「空き寺」「後継者不足」などよりもっと深刻な問題』という投稿がある事をFBより教えていただきました。

投稿によると、全国に点在する「空き寺」や「兼務寺院」の後継者問題がマスコミなどでよく取り上げられているが、その実態は後継者不足ではなく世襲制度が招く「実子不足」が背景にあり、在家出身の僧侶からは、その住職になる事は叶わないのが現実であるとの切実な声でした。

宗門大学や大きな寺にはアルバイトの在家出身の僧侶なんて多くいるのに、なんで「後継者がいない」なんて言えるんでしょうか。この場合の「後継者がいない」という場合の多くは「自分たちの子がいない」という意味だと思っています。

【魚拓】現役僧侶だけど「空き寺」「後継者不足」などよりもっと深刻な問題
- 2017年4月25日 21:48 - ウェブ魚拓

在家出身の僧侶はたくさんいるけど、見知らぬ者に後継者として寺を任せたくないのが本音で、その方々にとっては「寺」は「家」であり、僧侶の財産になっているので血の繋がっていない他人には任せたくないのではないかと訴えかけていました。

この投稿に対して、在家出身ながら地方にある富めない寺院の住職を務める方から「寺の世襲という問題の難しさ」という投稿が上がり、現実にご苦労をなさっている立場から確かにそのような事はあるかもしれないが、それよりも「食べていけない寺」に生まれる事を選べない世襲の後継に生まれる苦労もわかっていただきたい旨を伝えてました。

お寺に入りたいみたいな人は確かにいます。でもね、そういう人って結構お寺を選ぶんですよ。田舎の食っていけないようなお寺に入る人なんてめったにいません。というか、紹介しても断られる。まあそりゃ、食べていけない職業に自らつく人なんていませんわな。

【魚拓】寺の世襲という問題の難しさ
- 2017年5月9日 11:05 - ウェブ魚拓

そもそもの話ですが、寺院って誰のもの?

これらの背景には歴史上の経緯も絡んで難しいところもあるけど、関係する皆様のご意見を色々と読ませていただきましたが、一介の葬儀屋もどきが口を挟む余地のない問題であって、思うところがあってもなんとも言えない気持ちでした。

ですが、本来の寺院の在り方と言いますか、それが生まれた時代背景を鑑みると、例えばお釈迦様の時代であっても、そのお釈迦様のお話を聞く場所が必要だ、奇特な方の存在に感謝し、その活動をサポートしようという事で自分の土地や家屋や財産を提供(布施)してできたのが最初の寺院であるはずです。

日本においても歴史上の偉人をサポートして、国や財力のある方々が寄進して出来上がったものが現在の本山であったり、村の菩提寺であったりしたはずで、なら、それは一個人の所有物ではないし信者のための施設なのですが、これを守る信者も減ってきている村では維持管理に相当の苦労が伴うのも現実問題であって、その負担の全てが住職にのしかかってくる。

本山は徴収はすれどお助けはしないと聞きますから、問題解決の糸口が見つからない。これまで地元の学校の教員であったり、公務員として収入を得ながらやってこられた僧侶も多いのですが、最近ではこれらの職場でも「葬儀が入ったから」と言って休める雰囲気もないし、また、そのような職に就くことも難しくなってきています。

結果、Amazonなどで有名になってしまいましたが、僧侶紹介派遣に登録し、自坊の勤めの合間を縫っての「生きるための経済活動」と信者獲得、布教への糸口として活用せざるを得ない問題もあります。僧侶が商品のごとく見えることによる問題としては、宗教の形骸化や、便利屋のごとく扱われてしまうことでの信仰心の価値や存在すら薄れてしまう。

その事によって、大切な葬送儀礼をもおざなりになっているのは皆さんがご承知の通りです。私もこのブログで直葬を反対していますが、これとて闇雲に反対している訳でもないのですが、それを生み出す業者の姿勢に対して大きな反発を持っているだけで、経済的にやむない事情というものは誰しも付きまとう事であって、これは致し方ない。

国民が財力によって死に方にも差別されてしまうのは、この国の政策がおかしいだけで、葬儀業者を取り締まる法律もない状況では、業者の利益追求の商品として死が扱われてしまう事を、葬儀は宗教儀礼だからという理由だけで見ないふりをする姿勢と、金銭も絡む繋がりを維持したい政治家・官僚の質が悪いだけの問題です。

富める便利な寺院とお付き合いするのが葬儀屋の在り方ではないと思うのですが、葬送儀礼が廃れてしまえば商売にもならないんですよ。でも、今しか見ない。そうじゃなくて信教というものを大切にしないと葬儀業界の未来はないのなら、今こそグダグダした利益関係を抜きにして、法を守るためだけの心意気で寺院の一つや二つや、三つぐらい建立したらどうかと切に思う訳です。

進出事業者の残念なところ

Amazonお寺さん便を販売する「みんれび」などに代表される葬儀紹介業者。この中には有名企業であるイオンもいる訳ですが、その企業なり会社の存在意義って何なのか。儲けることだけなら葬儀まで手を出すんじゃねえよとも思うし、既存の葬儀屋が美味しそうって思って参入してきたんでしょうが、それなら別の角度の価値観を持つべきですよ。

もし、これらの紹介業者が本当の意味で、葬儀屋に好きにされてきた消費者を守るために立ち上がってきたのなら、葬儀屋は葬送儀礼を適正な価格で提供するべきだと息巻くなら、直葬や一日葬なんていう、お寺さん泣かせの儀式はメニューに乗せてはいけないんですよ。

もっと勉強すれば分かることですが、葬送儀礼の中で臨終から出棺までにしなければいけない法儀はあるし、それは省いてしまってはいけないものなんです。だから、祭壇を組むにしても組まなくても、価格のために時間まで端折ってはいけないのです。

これらの会社が僧侶を紹介する事によって助かるお寺様がいらっしゃるならそれはいい事だし、本来僧侶がしなければいけない勤めで収入を得れる事は寺院・法・教えを守る事に繋がるとは思うけど、もっと崇高な意志を持たないと、それは既存の葬儀屋と同じで「汚い事」をやっているんです。見た目は今風だけど、やっている事は昭和の葬儀屋となんら変わらない。歴史を見てきた私が言うのだから間違いありません。

あなた方がお寺様を紹介しようと考えた時、消費者の利便性ではなく、法を活かすと言う事を一番に考えてくれていたら、おそらくそこから得た紹介料を会社の利益として搾取しなかったはず。その得た利益全てを、畑にまく肥料のごとく、先行投資として寺院の一つでも寄進して、その維持運営費を寄進します。なんて企業理念でも上げていればよかったんです。

そうすればやる事に筋が通るし、何より大きな徳を積む事になる。それがその会社の社長であるあなた方の生き様でもあり、自身の子供に胸を張って言える事、語り継がれる偉業じゃないのかなって、今回のお寺さんの後継者問題や維持管理における悩みを伺ってきて感じる一番のことでした。

理想ではあるけど、必要な事だと思う事

葬儀屋さん、葬儀に関連する事業を営む皆さん、ネットで安易に葬儀を安売りする皆さん、企業として自分たちの畑に水や肥料をまく事を惜しんでいたら、やがて土は枯れ、何も育たない土壌となります。それが豊かな土に戻るのに一体どれだけの時間がかかるかわかりますか。

安易に金儲けに利用しようとする奴らを排除するために、組合を強化して法律も絡めて葬祭事業を許認可制としても構わない。でも、そこから得た利益は葬儀があってこそだし、葬儀にお寺さんが必要かもって思う消費者の微かな信仰心がある事が唯一の支えなんです。そこをもっと真剣に受け止めて考えないといけないんですよ。

利害関係を省き、クリーンに信教を守るための仕組みを構築し、そこへ利益を投資したからって何のバチが当たるのでしょう。

何十億、何百億と売上げた中から葬儀会館を建設するけど、寺院を建設したって話は聞いたことがない。そんな事をやってみるぐらいの気概が必要じゃないんですかね。この業界には報恩と言う行動が必要な時がきています。

と、偉そうに言いながら、残念ながら三日坊主はお小遣いの中からお供えするぐらいのレベルなんで、もっとできる方がそんな気持ちを持って取り組んでいただけたらありがたいなと思う次第です。

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