いい葬儀屋、悪い葬儀屋

タバコを吸う年寄り
タバコを吸う年寄り

本当に、いつまでたっても葬儀屋さんなんですね。君臨するカリスマ社長は、商売は上手いかもしれないけど人を大切にはしない。信用するのは自分とお金といえるほど、裏切りを恐れるからそんな組織になっちゃうのかなとも感じる。

葬儀社ではなく、いつまでも葬儀屋と思える点

私の葬儀経験の始まりが、町のいや村の葬儀屋さんから始まったからなのか、経歴では上場された葬儀社に勤務した事がないので何とも言えませんが、葬儀業界の代表者の方で本当に感服するような方に出会った事がない。お見かけした事もない。

これは私の人徳がないからかもしれないのですが「ほぅ〜」と思える方を存じません。

法人化していて手広くやっている葬儀社の業務内容や、その経営上の意思決定方法が家内企業の延長に思えるのです。親子の葛藤。兄弟間の争い。身内感があるために出る甘え。傲り。

そんな中から出てくる指示や決定事項に一般社員は反論できる余地がない。間違っていると思っても、経営方針について意見を言える環境にはない。

トップダウンによる決定事項を遂行するだけの企業であり、そこには消費者(故人)への尊厳や葬送儀礼に対する畏敬の念は存在しません。在るのは、自分達の生活(会社)を守る気持ちと、体裁を気にするだけの価値観しか持ち得ないと思える葬儀屋さんがどれだけいることか。

業界トップでもこんな感じです

外観だけはよくても中身がない。葬儀における儀式の欠如は気にしない。あくまでも先月は何件の施行があり、売上はいくらなのか。そして現在はどれぐらいの施行件数が出て、前年対比はどうなっているのか。

次月の目標や決定事項を、もう次月が始まって10日も過ぎているのに朝から夕方まで延々と会議を行う会社もありました。中長期的な視点と短期的な経過を見る能力もないかとも思うのですが、この経営陣にとって部門責任者の意見などお飾り程度のもので、トップの意向にどれだけ従順に仕事を行なっているかをチェックしていたのではとも思えます。

結果、見ざる、言わざる、聞かざるのような人間に社員は育っていき、社長派、専務派など
自分を可愛がってくれる(儲けさせてくれる)人間に媚を売ることが仕事のようになってしまう。そんな葬儀社の多い事… 

申し訳ないのですが、これまで個人葬儀社、法人葬儀社など大小様々な葬儀屋さんを見てきましたが、そんなところしか目にした事がないのです。カリスマ社長が多いからでしょうか、スタッフが社長の目ばかりを気にしているような、萎縮しているところが多いと感じます。

元祖、葬儀屋さん

私が一番最初に勤務した葬儀屋さんでは、それこそ「見て覚えろ」的な慣習が強く職人の世界感が満載でした。

荒っぽい職場でしたし、親方が白と言ったら白みたいな雰囲気で理不尽な出来事が多々発生したのですが、こう言った経験の中で葬儀では確認をする事の大切さ、細かな配慮、先を見越して確実な行動するために空気を読むと言いますか、感を磨くにはうってつけの環境でした。

そして学ぶという事は辛抱する事も必要なんだと教えられました。

ただこれらは受け取る側の感受性によって「人を育てる」という結果が大きく変わる可能性があります。また効率的ではありませんし、求める理想的な結果に対して人によっては相反する感情が生まれる事になります。

コミュニケーション不足をも縦の関係性で押さえ込んでしまい、それを飲み込めるだけの人徳やスキルが社長や指導者になければ組織はバラバラになり、技術を覚えてしまえば他の条件のいいところに移ってしまいます。

いつまでたっても人が続かない。社長の理想とする組織や仕事は個人のこだわりであり、特別な物と思っていたその技術(飾り付け・司会進行・受け取りなど)が、意外に大した事でもないと気づいた時に、残るのは慢性的な疲労感(葬儀屋は慢性不眠なので)だけであり、技術ではなく、消費者への感受性を高めるスキルを磨く方向へモチベーションが向けばいいのですが、その対価として求める物がただお金という構図になる危険性があります。

いい葬儀屋さんの見分け方

現在、ネット上で葬儀と検索しても、出てくるものは葬儀と言えるもので無くなっています。信念や信条を持たない現在の葬儀商品は市場に振り回されて、少しでも気に入ってもらうため生まれたものであり、あまりにも軽薄な商品が並んでいます。

これらを堂々と販売し、現在の葬儀業界を悪として定義し、偽善な言動を行っているのは「悪い葬儀屋さん」だと私は思います。

残念ながら、死に対する尊厳や、葬送儀礼に対する畏敬の念を持つことを自分の価値観にでき
なかった方々の発想から生まれる葬儀商品は、自社の利益を追求するがあまり、もはや葬儀の
形態を崩しています。

葬儀は基本的に費用がかかります。参列する人数によって飲食費も変動しますし、供養品で
あるとか、香典返しの品も出れば出るほど金額は上がっていきます。固定費的な祭壇などの飾り付け費用、それらに付帯する棺などの商品、会館使用料、霊柩車などの車両費などはプランによって変わりますが、一度決定すればそう変動するものではありません。

これらを含めて葬儀は費用がかかるものなのですが、基本的な原資は香典で賄う部分も大きいので、会葬者をシャットアウトせず葬儀を行う方が、総額は上がっても負担は減ります。

また、お金の問題だけでなく、人を送る儀式の重みを簡略化する事がいかに人の心を貧しく
するかも大きな問題だと思います。

費用的な問題でやむなく火葬だけを選択されたとしても、費用がかからない葬儀の場、時間、空間までもを削ることは命を考える機会を失う事に繋がります。

ネットではなく、直接話した方がよくわかります

いい葬儀を行うためには、いい葬儀屋さんと出会う事に尽きると思います。会社の販売構成システムにも目を向ける必要はありますが、やはり担当者のスキルに左右される部分が大きいと言えます。

いくら会社が売上基準を持って、それを推進するように言っても、喪家の経済状況によればその意にかなわない事もあります。ここで無理をしてでも会社の方針通りの内容金額を少々強引に推し進めるのか。

それとも喪家の内情を考慮して、自分の立場を超えたホスピタリティの精神を持ち葬儀に向き合う担当者にあたるのかによっても葬儀は大きく変わりますし、その葬儀社の看板だけで判断できない部分があります。

担当者も人間です。喪家をもてなす立場とはいえ、お互いにコミュニケーションが取れないと、いい葬儀を形作っていく事は難しいと思いますので、積極的に情報を集めて事前相談に出向き、そこで担当した人と葬儀以外の話を積極的にするべきです。

世間話からの方が、その方の「人となり」を感じることはできると思います。そして、ご自身で「良し」と判断できる方ならば、その方に事前の見積りをお願いしてみて下さい。最優的に葬儀を行う際、その見積書と共に指名すればいいので。

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