葬儀屋さんに勤める、経験3年ぐらいの方に読んでいただきたい事

電線に吊るされ、並んで浮かんでいる椅子
電線に吊るされ、並んで浮かんでいる椅子

葬儀社と参列者の思い違い、あれこれ

葬儀社に勤務して3年ほどの経験を積めば、おそらく見積りから担当まで全てを担当できるスキルを持っていると思います。

様々な宗教も、いろいろな事情を抱えた喪家も担当してきて、そこそこ自分なりの自信も少しはあるでしょうし、葬儀について何かしらのスタイルが確立されつつある頃でしょうか。

そんな方にもう一度、現場で起きる事象の中から葬儀社の自己都合で話していないか、サービスについて再検証していただければと、今回、事例を交えて記事にしました。「もう、そんな事わかっているよ」って方も、初心に戻るという事でお付き合いください。

座るための椅子なのに

最近は、家族葬も増えたので親族がメインとなり、参列者も少々という感じが多いのですが、式進行自体は人数に関係なく進んでいきますね。宗教者がいる場合を想定してお話しします。

まず式場には遺族、親族が祭壇前、いわゆる前方に座りますよね。式場の都合もあるので、一般の参列者は親族席のある部分を区切りにその後方に座っていただいたり、葬儀社によっては、祭壇に向かって右側に遺族、親族を座らせて、左側に参列者を座らせるケースもあると思います。(これも少し意見がありますが、それは改めて)

いずれのケースでも葬儀社は、開式前になると、せっせと座ってくださいと参列者に声をかける方も多いと思います。

親族はやはり順番というものを意識していますので問題はないのですが、一般の参列者の方はなかなか最前列に座らないし、座りにくい。葬儀社が声をかけなかったら二列目からか、三列目から座りだします。で、一人空けて座ったりと、ポツポツ空席ができます。

また、供養の準備数が100個用意したから、一応、100席用意したところ思った以上に参列者が少なかった。すると空席が目立つので上記と同じく「どうぞ、前方のお席から」なんて声をかけたりします。

一度着席したおばさま同士の軍団は、なかなか動いてくれません。無理強いしようものなら、「なんやのん?」って感じで、プリプリ感を出されます。(特に関西は怖いです)

こんな時、あなたならどう考えますか?

私は、空いているから前から座ってくださいというのは、案内の仕方によっては葬儀社のエゴになると思っています。空席ができても、座りにくい場所や、何かしらの事情をお持ちの方は、分かっていても座りにくいものなのです。ですからしつこく勧めません。

例えば、トイレが近い人もいるでしょう。自分の体臭を気にされている方もいるかもしれない。狭い空間が苦手な方もいるかもしれない。自分は体が大きい、だからそんな狭いところはしんどいという方もいます。

ならば、席を追加できるならば、用意しながら空いている席もございますよ的に案内するのがベストではないでしょうか。いわば、できることは精一杯して、これ以上は無理との努力がサービスではないでしょうか。

よくパイプ椅子同士を引っ付けて並べる業者も多いと思いますが、引っ付けてしまうと座る面積はより狭くなります。一脚でもはっきり言って女性用くらいしかありません。少し離して並べると、空間ができて座りやすいのですが、どうしても葬儀屋さんは椅子同士のサイドのフックをつなげて並べてしまう。そう、綺麗に並ぶからです。

このような考え方もあります。

遺族、親族も含めて100席用意して、100人の参列者が来たら席は全て埋まります。どこから座ろうと、結果、全て席は埋まります。結論から言うと、どこに座ろうがその方の勝手ですし、「葬儀社が用意した、座るための椅子席」ですから、ポツンと座られても、そこが座るために用意したものならば参列者の自由です。

一度、こんなことがありました。

上記のような状況で、開式10分前ぐらいに中年の少し大柄な男性が通夜に参列され、おもむろに席に着きました。式場に向かって左右に席があり、追加の席はそこから右に90度角度をつけて30席ほどありました。L字型です。 式場の作り上、そうするしかなくそこからは祭壇は見えません。遺族、親族と一般参列者も式場内にある席で充分でした、しかもまだ20席ほど空いています。

男性が着席したのは式場の中ではなく、L字の90度曲がった30席の一番前。その時、女性スタッフの責任者が「どうぞ、間も無く開式ですし、式場の中に席が空いておりますので、式場の方へ」と最初に声をかけました。

思いの違い、意識の違い

ま、これはファーストアプローチのサービスとしてありです。ところがその男性は一向に式場の方へ進もうとしない。たまたま居合わせた私は、顔見知りの町会さんと話しながらも、遠目でチラチラとその成り行きを見守りながら、その男性が今、どのような状況にあるのかを感じました。

「あ、この方、電話をかけないといけないのか、かかってくるのか。もしくは、急いで来たのでトイレに行こうとして、その場所を探しているのか」何れにしても、何かをする事が頭にあって状況を探っている様子に見えました。ご遺族や親族に配慮して、ご迷惑をかけてはとの、本人の所作、雰囲気を感じたので声をかけないでいたのです。

ならば、開式になれば式場に入るだろうし、その時にもう一度声をかければいいのではと考えていたのですが、その女性責任者は再度、声をかけました。「やめとけ!」と思ったのも遅く、「どうぞ、式場の方へ」と、すぐに男性の雰囲気が変わりました。少しムッとして「あぁ、」と返事をされるだけ。タイミングが悪い。しつこく感じたのでしょう。

町会さんにお座りいただくよう促して、その雰囲気を感じ取れない責任者を呼び止めて、状況を説明しました。あなたが用意した席でしょう。席は座るために用意して、そこに空いている席があるのならば一般の方は座るのは当たり前だし、式場から見えないその離れた席は、その方から見ればホールに置いてある自由に座れる席と思っても間違い無いのです。式場に入る前にワンクッション置いた、そうラウンジのように思ったかもしれません。

見ている?、観ている?

その視点の違いを感じ取るのが本当のサービスでしょうし、一人一人に配慮するという事は、一人一人の状況を感じ取らないといけない訳です。そして、それには優しさが必要だと思います。確認してからサービスを提供するのは普通です。その方が何を考え、何を求めているかを察知し、聞かれる、言われる前に提供できる準備を整えて実行する。小さなサプライズです。

私はそれを感じるためにいつも大切にしていたのは、絵面(えづら)です。その空間の全体像で感じる違和感で「何かある!」と感じ、誰かが、何かを思っている、不具合がある、それらを今まさに発信しようとしている。それに違和感を感じるのです。何か空気が違う、雰囲気が違う、動きが違う。これだけで絵面は動きます。

お葬式の最中に、エアコンが効き過ぎていた。また、吹き出し口が一箇所に強く出て、そこが寒い。動いている者と座っている者は体感する温度が違うなど、当たり前なんですが、先に感じる事が出来れば、ここでの動きに違いが出るのではないかと思います。

「お寒いですか」と先に聞きに行くことによって、相手様は恐縮して一度は断ってくるかもしれない。寒いなぁと思ってるが、辛抱させてしまうかもしれない。なぜか、その方は近くに座っている方や喪家に気を遣っているのかもしれなくて、その結果の言動かもしれない訳です。

でも、こちらが気付かずに寒い思いをさせてしまい、申し訳ありません。と、先にひざ掛けを数枚用意してさり気なくお届けできれば、ニーズがマッチした時に小さな感動は生まれると思っています。

見世物ではないので、恥をかかさない配慮が必要です

親族の焼香が終わって、一般の方の焼香になった時に、喪主や親族がその方を迎えるために焼香所の横などに立っていただきお礼をする。いわゆるお礼場、答礼場というものを設けることがありますよね。

参列者が10人、20人くらいしかいなくても、いつもと同じように席を立たせて前に行かせる。

もうすべての参列者の焼香は終わって答礼場の皆さんをお席に戻したら、遅れて焼香に来た方が。慌てて、また前まで出てもらってペコリと。

そんな事が起きた後、担当者は、「まだ来るかもしれない」なんて考えて、一々出たり戻ったりはおかしいからしばらくそのままで立っていただく。

そんな事していませんか?「恥をかかさない」という観点から思えば、そんなところに放置する事自体馬鹿げているし、一旦、全てが終わったのなら、また参列者が少ないなら、喪主や遺族の席位置でその場に立って軽く会釈していただければいいじゃないですか。焼香して戻る時に顔を会わせるのですから、不都合でも、失礼でもないと思いますが。

参列者の目から、喪主や遺族を守れるのはあなただけです

という意味では、こんな事もあります。

お別れが済み、いざ出棺。担当者が喪主へ位牌を渡し、遺族に遺影写真を持っていただくのですが、この時、祭壇から位牌を下すのは両手で持ちながら、写真は片手で持って渡すヤツ。

さらに、とりあえず下ろしておいて、写真はコケるからと焼香台などの上に横に寝かして、位牌も同じくコケてはいけないからと、遺影写真の上に重ねて乗せたりする。

自分の親の写真を片手で渡されて気分のいい人はいないでしょうし、つい先程までうやうやしく祭壇中央に飾ってあった、もしくは飾ってあるパネル写真と同じ遺影写真なのに、祭壇から下ろしたら扱い方が変わってしまう。非常に失礼な事なのですが、喪家もバタバタしている時だから気付かない。

で、どうぞお進みくださいなんて言って、自分は後方をチョロチョロと付いて霊柩車まで進んで行く。今日、初めて葬儀を出す方。過去にあったとしても数十年前。仮に不幸にも先月も喪主を務め、お葬儀が続いてしまった。どのような方でも位牌をどう持ったらいいのか、写真はどう持てばいいのかわかるわけないし、いざ歩いてくださいなんて言われても、分かる訳がないと配慮するのが葬儀屋さんだと思います。

しかも、よく見かけるのは、持たせたら自分は下がってしまう。「では、お棺をお持ちいただく方どうぞ」なんて、そこから声がかかる。しばらく、位牌と遺影写真を持ったまま時間がすぎる。この間、この両人は皆さんの目にさらされるのです。

自分は儀式のメインではないといえばそうかも知れないですが、私は、準備が整うまでこのお二人に向かって立ち、その時に、ここから出棺までの流れを軽く説明しながら、参列者からは見えないようにカバーしていました。お寺さんが来たら、今度はお寺さんの前に立ち出棺を待ちます。

いざ、出棺となれば、葬儀慣れしているお寺さんが先導してくれます。その時は、喪主や親族の横で万一のアクシデントに備えて沿い歩きします。ひょっとすると疲労とか、貧血とかで誰か倒れるかもしれないし。

皆さんが未来です

一例をあげましたが、一事が万事こんな感じで考えています。相手に配慮や思いやりを持つ事は当然でしょうが、それもタイミングがズレれば意味がありません。

感謝はどなたでもしてくれます。でも、感動は皆さんが感じる訳でもありません。しかも、感動は、さり気なくもう一度押し込まないとなかなか残らないのです。

感動は、表面に被さっているようなものです。染み入るためには、もう一手間が必要だと思っています。これがクレームとの違いです。クレームは一度発生したら根が深いのです。クレームはネズミのように隠れて、また出てきます。

儀式を大切にしていただきたいのはもちろんですが、そのための勉強もおざなりにしないでいただきたいのです。日々、創意工夫です。そしてサービスの原点は、優しさに尽きると私は感じています。

優しさが根底にあれば、相手を理解する事もできるでしょうし、自分に厳しく接する事も可能だと思います。

皆さんがこれからの葬儀業界を変えていける可能性がある方々です。どうか、自分が納得のできる仕事を成し遂げていただきますよう願っております。

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