そもそも、葬儀屋って必要なんでしょうかねぇ

思案する黒人女性
思案する黒人女性

古くは葬具貸出業や葬列の人夫出しが主な仕事だった葬儀屋さん。時代の流れに乗っていつしか企業も生まれたし、数百億円もの売上げを誇るところも出てきた。しかし、葬儀に葬儀屋って必要なんだろうか。どんどん違う形に進んでいく葬儀の姿に大きな疑問を感じます。

葬儀屋って何なんでしょう

葬儀屋さんって必要なんだろうか。ふと思う時があります。イベント化した現在の葬儀においては葬送儀礼の本質よりも、いかにしてお金を引っ張り出すかに主題が変わってしまっているし、形式そのものはどうでもよくなってきている。

花を供えるのも古くは仏さんへの供養を主とし、質素に清らかにと白と黄色の菊・ゆり・かすみ草以外は使用することはなかったけど、現在はカラフルな花で「なんじゃこれ」と思えるようなアレンジを施して装飾する。

精進上げと称して食する料理も、肉や刺身なんて平気で出てくるし、その内容はホテルの料理かと見まちがうほどの内容も多い。生ビールサーバーを設置したりワインを出したりと、葬儀会館の食事室はもはやレストラン状態。おまけにパーティードレスなんてのを着用したお姉さんがサービスにあたる。

葬儀の進行も、故人の在りし日を忍ぶためと称し編集したDVDを流して、こねくり回した言葉を並べ立ててお涙頂戴に一生懸命になる。お決まりのようにお寺さんが一人祭壇前に座り、法義も省略され儀式が進む。時間に追われるようにお別れが済むと火葬場へと一斉に向かっていく。

遺骨になっても収める場所に困り、お寺さんとの付き合いも疎遠な中、その後の事をどうすればいいか悩んでいる内に精算が終わり、互助会なら会員へ再加入が済めばその後一切訪ねてこない。「お変わりありませんか」と声をかけてくるのは、満中陰などの法事を受注したいがための偽りの労いでしかない。

専門性ゆえに、そこには業者のエゴが蔓延している

確かに専門的な部分もあるので「誰かに」依頼しないといけないところはあります。火葬場の予約を取るのも、直接、火葬場が開場している時間なら取れるけど、最近では業者として登録したIDとパスワードでサイト上から予約をするので一般人では火葬場の予約も取りにくい。

第一、病院から連れて帰る方法がない。サイトではDIY葬のススメという事で、自家用車でも搬送は可能ですよと公表しているけど、現実問題として亡くなった方を病院の霊安室から担いでシートに座らせるなんてのは、子供さんぐらいなら可能だけどほぼ無理です。そうなるとやはり寝台車を手配する事になる。

寝台車専門の業者もいるけど一般人はその連絡先を知らないし、付き合いのある葬儀社との関係もあって直接は関西では難しい。受けてくれたとしても、さあ、その後はどうするかって問題が出てくる。ドライアイス・線香やロウーソク・湯灌・納棺もどうするとなります。

この辺りは、葬儀業界が長年にわたって作り上げてきた仕組みが壁になって立ちはだかるので、いくらAmazonで購入できると言っても素人さんがぶち破るのは難しいのです。

そうなると、それらを安心できる価格で提供している葬儀社を探すって行動に出るわけですが、これがまた難しい。同じ棺でも商品名も違うし、その組み合わせた葬儀プランってのも、それだけで必要なものが揃っているように思うけど、そこはそうはいかないのです。当然、人並みに葬儀を行うとすると必要なものが追加として出てきます。

これを解消するためにと登場したのが、みなさんご承知の葬儀紹介ブローカーですが、これとて一癖も二癖もあるので鵜呑みにはできない。何せ、現在の葬儀業界の在り方を憂い、消費者の手元に葬送儀礼の本質を取り戻そう!なんて言動ではないので、その理念には全く意味がない。批判する対象の葬儀業者が登録・施行してくれないと成り立たないブローカー業ですから。

現金で100万円をとりあえず用意できますか?

じゃ、どうすればいいんだ! 答えは、「どうにもできない」これが現実です。最近は葬儀代金の下落が激しく、昔ほど事情ある葬儀に便宜を図ることもなくなりました。大きな利益の上がる葬儀が減ったため、最低価格が底上げされ融通が利かないのです。残ったお金でいいですよって言って、普通に祭壇組んで供花も添えて葬儀をやっていた社長もいたんですけど、そんな男気のある葬儀屋さんも減りましたね。

そんなこんなが現在の葬儀屋さんなんですが、必要なんでしょうかね。専門性が強いため、遺族の意図するものではなく、やむなく葬儀社の思惑のままに進んでいます。結果、葬儀が遺族のものではなく、葬祭ビジネスの原材料になっているのです。

そして、供養する場がイベントの場に変わり、費用をかけないと満足な事ができないため、費用をかけれない方が直葬という形態を自衛のために選択せざるを得ないのもあると思います。

もちろん、そうじゃない方もいらっしゃいますが、ただその心中を察すると、どなたもいざ葬儀となっていくらかかるんだろう、保険や預貯金など何か原資になるものがあれば心強いけどそうでない場合、葬儀の費用として50〜60万円、満中陰までのお寺さん等に20〜30万円、予備費として10万円、合計100万円をすぐに用意できる方がどれだけいるんでしょう。

それが頭をよぎる中、様々な不安も襲ってくる。とりあえず葬儀はしなければいけないけど、誰に、何を相談すればいいのか。先ほどにも申し上げたように、サイト上には親切そうなコメントで大きな口を開けた狼がウジャウジャと待ってますから、どれを選択すればいいのかこれもわからない。

結果、よく聞くワード、見えやすい費用形式(10万円ポッキリみたいな)に安心を求めてしまうのも費用で葬儀を決めてしまう要因であり、ある意味では仕方がないとも思います。本音を言える相手がいないんですから。その無念を思えば何かできないだろうかと感じています。

これまで葬儀社を変わる時や仕事の節目で「葬儀社として独立する?」なんて一瞬よぎる事もありましたが全て避けてきました。と言うより、したくなかっただけなんですけど、葬送儀礼を遺族の手に取り戻す意味で、そろそろ家族葬限定で葬儀屋さんをやりましょうかね。

ただし、私がやるなら、人件費だけをいただけたら後は原価でやります。既存の葬儀社さんや葬儀ブローカーをぶっ潰す決意で!って事で。

そんな気概を持つ葬儀社を退職した方、勤務先の葬儀社がいやだって方、葬儀に憂いを感じるお寺様などの全国の皆さん一緒に考えてみませんか。

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