葬儀の司会者

よく、葬儀の司会者っていいますが、今の私は司会者とは思いません。ここでの記事では、司会・司会者という言葉で表現しますが、葬儀ではあくまでも「進行係」の位置付けだと思っています。

冠婚の場合の司会者の位置とは

冠婚葬祭と言いますので、まずは結婚式での司会者の位置を考えてみたいと思います。

婚礼では、宗教者の元で誓いを立てて行う結婚式と、晴れ姿をお披露目する披露宴になる訳ですが、結婚式の主は新郎新婦です。宗教者はその結びの儀式を司る立場であり、それらを見届ける親族や親しい友人がいる訳です。

この時、宗教者が儀式を進める結婚式には司会者は介入しません。多くは式場係員が小さな声で動きをアドバイスしたり、宗教者が進行も担当します。

披露宴になって初めて司会者が登場し、新郎新婦と列席者を盛り上げる「演出」に尽力し、あくまでも新郎新婦よりは下がった立場ではありますが、進行に際して他の方を「仕切る」部分は多いにあり、式全体をコントロールしています。(グイグイきます)

葬儀の宗教的な流れ

お葬式の場合、故人に対する宗教儀式がメインの「葬儀」と一般の方とのお別れを含んだ「告別式」となる訳ですが、一般の個人での葬儀の場合、これらは一連の流れの中で進み、葬儀式と告別式として区切る事はあまりありません。葬儀告別式イコールお葬式です。

社葬など長時間のお葬式では、葬儀式として葬儀委員長・喪主・親族の焼香までで宗教者が一旦下がり、改めて告別式に再度入場され、その後、代表者焼香・一般焼香までを行う場合もあります。

仏式の葬儀の場合、死者に対する死の諭しや、本尊に対する血脈を結び、死後の世界への引導を渡す。いわゆる「あなたは亡くなったんですよ。死後の世界に行ってからはこの御本尊に守られながら修行に努めなさいね」といった事を、宗派によっては通夜から出棺までの一連の流れの中で行うという考えもあります。

葬儀の司会者の位置付け

という事はですね、お葬式の場合、この宗教儀礼が行われている場で司会者という者が故人以上、宗教者以上に存在感を出してビデオを流したり、生演奏をおこなったりする中でナレーションだのあれこれしゃべったりする訳です。

お寺さんによっては、導師が焼香した後に一旦読経や宗教儀礼が止まり、その時に代読する弔電のために宗教儀礼を待つのはおかしいとして、代読するならお葬式が始まる前にしなさいという方もいます。これは、故人に対する宗教儀礼の流れが主であるとの考え方だと捉えます。

昨今の弔電代読では、導師における宗教儀礼が一旦区切りがついたところ、いわゆる導師焼香・表白・引導などが終わった時に弔電代読をする事が多いのですが、導師が着座したタイミングでの弔電代読を許してくださる宗教者の方は、ここのポイントを葬儀式と告別式の区切りとし、慣例からもやむなしと考えて下さっているんでしょうね。

私も皆さんと同じ道を歩みました

そんな微妙な位置関係の葬儀司会者ですが、古くは今のようにナレーションを入れたり、DVDを流すのは司会者のスキルや設備の問題もありなかったですね。なので通り一遍に開式から出棺まで案内をするついでに、その都度ちょっと言葉を添える程度です。

強い抑揚を付けてしゃべる口調に独特のものがありましたし、このような話し方を皆さんは「葬儀の司会」だと思ってところもあります。私もそんなものかと感じていましたが、自分なりに色々と工夫と練習をして初めて司会を担当した時、震えました、そらぁ…

今でも反省していますが、この時、自分で何を話しているのかさっぱりわからず、喪主謝辞を代弁する時に原稿を持つ手が、そらぁ、ブルブルと震えっぱなしでした。

噛むは、飛ばすは、もうほんとに申し訳ない状況でした。でも、こんな私の司会ぶりにも喪家は感謝の言葉をくださり、最終的には、無事に出棺まで終え、火葬場へ向かう霊柩車に同乗しながら大きく安堵したことを覚えています。

究極の司会者って

そんなスタートから年々経験を積み、ようやくいっぱしの感じが出てきた頃です。ある方に究極の葬儀の司会って何だと思うと聞かれ、私にはさっぱりわからず答えを問うと「話さない司会をしたい」とのことでした。

開式までは司会者として故人の人柄を偲ぶために演出はする。弔電もその間に代読する。導師が入場し、儀式が開式となる旨を告げたら、後は一切しゃべらない。焼香が始まる時にはプラカードで案内し、導師が下がったら儀式終了を告げて出棺までは静々と話す程度でと。

ま、究極といえば究極ですが、ある意味、司会の内容で進行具合を見計らっている部分もありますので全く無いというのも無理があります。親族の焼香案内があれば「そろそろだな」とか、受付などの焼香案内があれば「間もなく葬儀が終わる」というところも必要なんですね。

その方の思いとしては、葬儀の主は故人であり宗教者がいる場合、式次第についてはその宗教儀礼に沿って行うわけなんで、あくまでも葬儀の司会者はメインではない。でも最近は、さも司会者がメインであるがごとく振舞う事がありえないとの思いなんでしょうね。

現在の方向性は

昨今は、DVDやら果ては生演奏なんて入りますよね。それに沿って故人を偲ぶナレーションを作成し、式自体を演出していく。ま、今では簡単に編集・作成できますし、喪家にも思い出として渡す事ができるとも考えますが、どうも生演奏だけは納得いかないのです(笑)

よほどその関係の方であるとかお好きな方ならわかりますが、あくまでも葬儀社の売上げ確保のアイテムであって、一般人にそこまで必要だとも思いません。ムダな演出です。

司会者にしても私が葬儀業界に入った頃から有料でしたし、司会派遣専門の事業所もあります。これらの受注側としては「お金をもらっている以上、何か特殊な事をしないといけない」と思うのでしょうか、そんな風潮がムダな演出を行う行為に拍車をかけた一因でもあります。

もっと大切な事見直しませんか

売ったから付加価値をつけないといけない。だから演出にこだわる。そんな自社の都合で司会者がおかしな位置になっているんだと思います。

ただ、お葬儀の主はやはり故人であり、宗教者がいる場合はお葬式を構成する土台でもあり、その中に集う方々が故人を偲ぶ空気感を大切にするならば、やはり司会者としてでしゃばる事なく、静々と式次第を進める「進行係」に徹するべきではないかと考える訳です。

会館葬が増え、参列者が少なくなってきた頃から、私は宗教者の儀礼が始まったら焼香などの案内はその方のそばへ行き、肉声で十分では無いかと考えてました。そこへ行く、側へ行くのが礼儀であり、上からマイクでってのは最近の葬儀ではふさわしく無いと思うのです。

少し客観的に見れば、葬儀業界では当たり前と思っていても、世間的におかしな事はたくさんあります。お金を取るための商品として付加価値をつける手法は分かりますが、原点をずらしているように感じるのは私だけでしょうか。

2016年7月22日 葬儀の司会者part2をアップしました。

葬儀の司会者 Part2 葬儀業界向けのけっこう人気がある記事の第二弾です
当ブログで人気記事の「葬儀の司会者」というのがありまして、たくさんの方に関心を持っていただいております。ならば、再度、関連した記事を書いてみようと思い立ち、葬儀における司会者の位置付け、役割を再考してみた「葬儀司会者part2」をアップしました。

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