葬儀屋さんの暴走を止めていた存在、それが帳場と葬儀組でした

セキュリティーのシャツを着た男性
セキュリティーのシャツを着た男性

帳場って知っています?

お葬式の形式が生まれ、進化していく過程においては、その時代背景や土地の習慣など様々な要因があって地域によってかなり違いが出てきます。

まだ、村の葬儀組が機能していた時代には、何かと面倒くさい状態ではあったと思いますが、様々な人の目があることによって、ある意味、消費者にとっては安心して葬儀を行える環境にはありました。

昔は、自宅で行うのがほとんどで、地域の集会所はご飯を食べる場所。町内、村内の皆さんも仕事を休んでお手伝いしてました。もっと、もっと昔なら農業も多かったので、時間も融通つけやすかったですし、この葬儀組がきちんと機能していましたから絶対的に参加です。

炊出しもありましたし、帳場が立って葬儀にかかるお金の管理をここで全て行っていました。帳場には、地域の長老(葬儀委員長)が中心となって集まり、各担当を決めて指示を出します。お葬式の集中管理センターみたいな感じです。私たちも、ご機嫌をそこねてはいけないので、先ず帳場にあいさつに行きました。

全ては帳場によって管理、監視されていた

こんな時代をご存知ない今の方はびっくりすると思いますが、帳場は、葬儀の費用からお寺さんの人数、お布施の金額も決めます。そして飲食費用なども見積もって、喪家に対して必要な総額を伝え、預かります。

その判断基準は、これまでの町内・村内でのお葬式でその家なりのお参りの規模、かかった費用などの経験(データベース)がありますから、区長や町会長にあたる方がざっくりとしたトコを喪主に言います。

「まぁ~、あんたとこはおじいさんの時であんな感じやったから、今回はおばあさんやし、ま◯百万円用意しといてや」と言われたら、借金してでも帳場に預けます。で、全てお葬式が終われば帳場が精算して会計帳、供花・供物帳、お買物帳などと領収書を添えて残金をチャリンと喪主に返します。

葬儀代金も帳場が直接、葬儀屋さんに支払いますので、そこの葬儀屋さんが高いのか、安いのか、無茶をしていないかを監査する機能もうまく働いていました。誰もが知り得る情報として葬儀費用の透明化が進んでいた状態です。

おおよそのの平均値が慣例によってはじき出され、本家筋と分家、また家族構成などによって、出過ぎず、やりすぎずの感性が根っこにありますから、家を出ている息子さんが、大きな会社を経営していようが、分家である場合、本家よりも大きな派手な事をしてはいけない不文律がありました。

時代が変わって帳場がなくなると

ところが、時代の流れと共にご近所の手伝いが無くなってきて、もちろん帳場も無くなりました。そうなると、喪主、当家は葬儀屋との一騎打ちになります。帳場という監査チェック機能がなくなったのです。

初めてお葬式を出す側が、手慣れた業者にいいようにあしらわれてしまいます。しかも、手伝いが無くなったとはいえ、まだご近所のお参りは盛んな時代、あまり恥ずかしい事は出来ないという喪主のプレッシャーがあるので、葬儀屋さんにとってはやりやすい時代でした。

帳場の長老に成り代わって、今度は葬儀屋の見積り担当(その頃は社長が多かったですが)が、家柄と亡くなった方のお仕事、町内、村内での立場、そしてこれまでの地域への貢献度を加味して値踏みします。

こうなると、葬儀屋さんはガンガン売り込んでくる。喪家は、これまでの慣習もあるから、してあげたいけど出過ぎず、やりすぎずのラインがわからない。この攻防が消費者不利の状況で行われていきます。

葬儀の売価設定はテキトーでした

「◯◯さんとこなら、これぐらいの祭壇が最低はいるでしょう」と、喪主側の意向など無し。お供えの花も、親族の分はこの祭壇なら5万円ではちょっと寂しいので、10万円の方でしときましょか。…って、アバウトに金額が決まっていきます。喪家も断れない。

葬儀屋さんが口開いたら10万、20万円と金額が変わるんです。最近とは違い、当時は「祭壇」を売ってました。葬儀屋も喪家もそれが値打ちと思っていましたから、ざっくりとした見積りです。いくらの祭壇を売るか、それに尽きます。

使い切りではない使い回しの祭壇が、最低プライス30万円から。これのサンプル写真は貧相に作ります。あまりに豪華に見えると間違って注文されます。次が50万円。で、70万円ときて、「う~~ん… 90万円ってあれやから100万円でいこ!」って感じでやってました

そこから上限までの区切りは、50万円ずつ上がって150万円、200万円になり、なぜか次は300万円、500万円、700万円… で1000万円以上って感じで設定してましたから、香典を包む感覚で、祭壇の売値が設定されていたようなもんです。無茶苦茶でした。

喪主側も、高かいと思いながらもそれまでの慣習が記憶にあり、しないといけないの観念があります。また、葬儀屋さんが構成した祭壇設定金額しかありませんから、選択肢がそれしか無い訳です。

花は原価が知れているのでやりにくかったのです

祭壇がメイン商品であり、その横に添える花ではなかなかお金が取れなかったのです。花だと菊1本いくらと、素人の方でもおおよその単価はわかりますから、使った本数で計算されてしまいます。

仮に片側に80本、両方合わせて160本使用し、そこへ胡蝶蘭を4本、かすみ草を少々、なんてことをやっても1本150円なりをかければ、「菊で3万円までやな。で、胡蝶蘭とかすみ草を入れても全部で4万円もあればできる材料費や。しかも仕入れやったらこの計算よりも安いはず」なんて、おおよその相場を計算されてしまうのでやりにくい訳です。

しかも、祭壇の横に並んでいる供花を見て、その菊の本数を数え、「この20万円するスロープ花飾りというのは、供花にしたら4基分くらいの花しか使ってないぞ。供花なら4基で売値が4万円やで、ちょっと高くないか」なんて、飾っている現場で強烈に突っ込まれます。

当時は、たいていの家が、仏壇以外にも玄関先や応接間などにも花をあしらっていたような時代です。結構、花を買っていましたし、農協などに出荷している方もいたので相場をよくご存知で、いくら人手間がかかってもそれが商品価値にはならなかったのです。

無知もダメですが、中途半端な知識もダメです

帳場も葬儀組もない中、皆さんが葬儀費用を賢く予算内に収めるなら、最初から総額を伝えて限度額を示しておくのも一つです。そして賢くなるためには事前に知識を得るべきです。亡くなって慌てて葬儀社を選択するのではなく、事前に時間をかけて相談するのがベストです。

で、間違っても「何もわかりませんのでよろしくお願いします」なんて言葉は言わない事です。葬儀屋さんに「どうぞ、ご自由に料理してください」と言っているようなもんですから。

かと言って、葬儀屋さんが売り込んでくるもの全てに対して、自衛本能と恐怖心からか、冷徹な感じで「結構です、要りません!」と言って、ケチですよ。出しませんよ。という態度も、度が過ぎるとコミュニケーションを構築する上ではマイナスです。

やはり、かかる費用はかかりますし、できないものはできないのです。コミュニケーションを取ろうとする担当者も人間ですから、うまく関係を築くべきです。はじめから「予算が限られていて」と正直に話して、なんとかならないかと下駄を預けた方がマシです。

歩合給でやっている社員もいますので、少しでも売り上げを上げようと狙う気持ちもわからなくありません。なら、逆に寸志の是非はともかく、1万円でも渡しておいた方が早いかもしれません。要は使いようです。無駄な弾をいくら打っても当たりませんし、費用対効果も悪い。

昔から言うじゃないですか、蛇の道は蛇だって(笑)消費者も、担当者をきちんと値踏みをする能力を持たないといけません。

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