あ〜、むしゃくしゃする SNSでの宗教者の発言って、もっと考えてするべきじゃないんでしょうか

交差点を通行する人々
交差点を通行する人々

軽い、軽すぎると思います

個人的な趣向はあるとしても、宗教者の方がSNSで発信する言葉には、もっと慎重さが必要なんじゃなかろうかと感じております。

私的な「○○ナウ」なんて必要なんだろうか。フォローや友達申請をさせていただている関係上、友達限定の言葉も入ってくる事は致し方ないのですが、あまりにも薄っぺらい感性の言葉が最近嫌になってきた。

そりゃ、ご自身のSNSですから何を発言されようが、全くの自由です。でもね、趣味的な発言と大儀をかざしたような発言を同じアカウントで行えば、その方の人間性すら疑ってしまうんですよ。そこは意識しないのかなと思うし、布教という考えでSNSを利用するなら、私的なアカウントと公的なアカウントを使い分ける礼儀は必要じゃないかな。

過去に起きたAmazonお寺さん便の問題に端を発して、当ブログの葬儀社とお寺の関係や、お布施のバックについての記事やコメントに皆さんの関心が向いた時、宗教者関係・葬儀業界関係・これ以外の個人的な方々から、SNS上で相当な意見が出ていました。

お寺から葬儀社や担当者個人に対してお布施のバックがある事。
その関係や仕組みを守るために、特定の葬儀社を対象として各宗派の住職がグループを組み、僧侶紹介を求めるお寺の新規参入を防ぐために結託している事。
接待のゴルフ・麻雀・飲み会なんて相当数の付き合いがある事。

など、実際に見聞してきた事を「ただ、正直に書いただけ」の記事や、私の個人的な見識をSNS上に紹介された方へのコメント欄でのものでした。

その多くは私の記事に対する批判的な言葉で、「そんなの特定の葬儀社と、特定の地域だけの話。私は聞いた事も見た事もない」という方や、「こいつは、興味・関心を引いてアクセスを増やし稼ぐアフリエイターではないか」とも称されました。

特定の地域の問題だとの指摘には、残念ながら「そこでしか経験した事がない方の意見」であり、もっと世間をご覧になっていただければ、それこそ夏の心霊番組じゃないけど「あなたの知らない世界」は山ほどありますし、アフリエイターじゃないかとの意見には失礼ながら笑ってしまいました。

と言うのも、確かにこの時、初めて「バズる」事を経験しましたが、実際にアクセスを稼ぐなら葬儀なんて題材をテーマにしません。

ジャニーズ系のファンの様相や、その存在についてのアルアル話をブログとして書いている人間と話した事がありますが、彼は、私の1ヶ月のアクセス数を聞いた時にこう言いました。「なんで、そんなコアなテーマでやっているんですか。葬儀なんて、誰も見ませんよ。特に若い人は」と、彼の1日のアクセス数が私の1ヶ月分ですから、そう思うのも当然でしょう。

でも、葬送儀礼について大切な守るべき事があると思うから、失われていく大儀があると思うから、そして、小さな波紋でも問題提起する事で何かが変わるかもしれないと思うからこそ続けているんです。

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