葬儀の司会者 Part2 葬儀業界向けのけっこう人気がある記事の第二弾です

ミキサーの上にあるマイク
ミキサーの上にあるマイク

当ブログで人気記事の「葬儀の司会者」というのがありまして、たくさんの方に関心を持っていただいております。ならば再度、関連した記事を書いてみようと思い立ち、葬儀における司会者の位置付け、役割を再考してみた「葬儀司会者part2」をアップしました。

以外と人気が強い、司会者の記事

当サイトで使用させていただいているテーマの中で、人気記事を集計して表示してくれるのですが、これは、「わいひらさん」という方が無料で提供してくださっている「Simplicity」という、ワールドプレス用テーマの機能の一つです。

別のプラグインで集計したデーターを持ってきて表示してくれるのですが、時折、自サイトで動作が不安定になった時に、このたくさん入っているプラグインを見直すのです。その時、これは何の機能だったっけ?と、ちょっと記憶が薄れやすい症状が出ている私は、何も考えずに思い切って削除してしまいます。

すると、人気記事の閲覧データがぶっ飛んでしまうのです。サイトを見ると全てが0になって人気記事が表示されなくなります。こんな事を幾度となく繰り返しながらも、その都度、リセットされた初期段階からグイグイと上位に上がってくるのが、この「葬儀の司会者」の記事です。

今回はもう一度、違う観点から葬儀の司会者という存在、立場について考えてみたいと思い、Part2を書いてみました。立ち位置を再確認すれば、司会者(進行係)として言葉を発する意味をご理解いただけるのではと思います。

司会者の位置付け

演出が多様化する昨今の葬儀では司会者が中心的な位置にいますが、本来、葬送儀礼における中心は故人であり、宗教がある場合は宗教儀礼が進行のベースです。そこに遺族・親族・縁者がより集い、死を悼み、故人の御霊が安らかなるようにと願うのです。

葬儀は、葬儀式と告別式から成り立っており、大きな葬儀の場合、この葬儀式が終わったところで一旦導師が退座して(ここで弔辞と弔電)改めて告別式のために入場するというのも結構あります。

社葬の場合、対外的なアピールの部分も強いので、司会者としてのスキルを求められる場面は多々あるとは感じます。先代から後継者への社会的な引き継ぎの儀式でもあり、単に故人の御霊を偲ぶ場だけではない色合いが濃いためです。

その後、社葬が減るにつれ、個人葬でも葬儀社は演出にこだわる傾向が強くなりましたが、私は逆にシンプルな方向へ意識が向きました。演出にこだわる話し方はあくまでも司会者の自己満足ではないかと感じたからです。

様々な現場を経験し、宗教者の意見も踏まえて、私は、葬儀、特に個人葬において司会者なんていらないのでは?と、この頃を境に強く思うようになり、そこから儀式の進行をサポートする事をメインに考え、ならばどう話すのか、誰に向かって話すのかなどを大切にしてきました。

声を届けるのが基本と思います

あなたが話そうが、黙っていようが葬儀は静々と進行します。葬儀の中心は故人であり、そこにうやうやしく故人の経歴を述べたり、弔電を代読したり、喪主に代わって謝辞を述べる必要は全くないのではないかと思うのです。喪主の挨拶が下手であっても、要は、気持ちを伝える事が一番であり、喪主が無理なら司会者ではなく身内の誰かが代弁すればいいのです。

多くの方は、目の前のマイクに向かって話していると思うのですが、進行係として考えた時、自分の肉声では遠くにいる方には聞こえきらないので、マイクで補助していると考えてきました。まず、肉声でちきんと声が出ていないと誰にも伝えることはできない。

普段の生活の中では、近くにいる人には普通以下の小さな声で話しますが、遠くにいる人に何かを伝えようと思えば、これまでの生活環境の中で掴んでいる感覚で「お〜い」と言う風に大きな声を出します。

これは基本的に無意識です。50m先の人に伝えるなら、50m届くように自然と声を出します。100mなら増えた距離の分、パワーを込めて声を出すでしょう。これが話す事の基本なのですが、マイクを通じて話すと無意識が意識する事に変わり、それに頼ってしまう事でできなくなるのです。

マイクに頼る話し方はダメ

マイクを使うことによって、仮に小さな声で話しても式場内外に十分伝わります。八分の声量でも人によってはうるさいと感じるかもしれません。多くの司会者は、マイク台にいて自分の声を聞きます。その位置で丁度いいと感じる音量は、スピーカーの近くにいる方にとってはうるさいという事です。

普段の生活で誰かに何かを伝えるという行為は、熱意を持って真摯に話さないとなかなか伝わりません。特に大切な事を伝えようと思ったら、真剣に、時には額に汗をかいてでも話すでしょう。流したような話し方ではその言葉に力はなく言霊は存在しません。

それを強く意識していましたので、私はいつもスピーカーの近くに行き、そこで腹から声を出す事を意識してテストをしていました。外現場などは特に顕著で、式場を取り巻く環境によって音の通りや響きが違いますし、音の返り方が違うので注意が必要なのです。

マックスのボリューム調整で、自分が腹から声を出した時にうるさく聞こえないぐらいがベストのセッティングで、マイク台では少し物足りないくらいに聞こえるのが丁度いいのです。基本的に葬儀の音響設備は、音の大きさを調節するぐらいの機能しかありませんから音量の調節は大切なのです。独りよがりのセッティングは傍迷惑なだけです。

葬儀屋さんの当たり前はおかしな事が多い

司会者として現場に立つという事は、一番、物事が見えているはずなんです。周りの変化や、アクシデントにもいち早く気付く感性を持っているはずなんですが、多くの方は自らは動かない。目で指示したり、別のスタッフを手招きして指示をささやく。でも、それでは対応が遅いんです。

司会者がウロウロするのは見栄えが悪い。そんな事を言う葬儀屋の社長もいました。でもそれは、その司会者の動きがスマートでないだけで、ならもっとスマートに見えるよう動けばいいだけです。

一人一人話しかける言葉や対応が違うはずなのに、マイクを通じてだとひとまとめにして物事を伝えてしまう。その程度なら、何もカッコつけて話す必要なんて全くありません。本当に遺族や会葬者の方を案じているなら、側に行って言葉をかけるのが司会者としての感性ではないかと私は思っています。

これから葬儀の仕事に従事する方。長い経験をお持ちで、自分なりの葬儀とはとの考えをお持ちの皆さん。また、葬儀社から依頼を受けて葬儀の司会者として現場に入る皆さんも、今一度、自身の立ち位置を見直していただければ違う風景が見えると思います。

葬儀屋さんが当たり前と思っている事が、いかに当たり前ではないという事に気付くヒントはそんなところにあると思いますので。

葬儀の司会者
よく、葬儀の司会者っていいますが、今の私は司会者とは思いません。ここでの記事では、司会・司会者という言葉で表現しますが、葬儀の司会者はあくまでも「進行係」の位置付けだと思っています。

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