その終活は本当に必要ですか? 営業ベースの流行りに乗せられていては自分が見えなくなりますよ

高野山のロウソク祭り
高野山のロウソク祭り

最近は終活って言葉もあまり聞かなくなり、たくさんある社団法人は金プラ買取業者のように消えていくんでしょうね。皆さん、高いお金を出して終活資格セミナーなんて通っても、そんな世界観ではおちおち死ねませんよ。

迷惑をかけたくないから終活? それは違うと思う

終活という言葉が生まれてから各地でセミナーなどが行われたり、自分の終わり方について家族で話し合うなんて機会が増えたように見えますが、皆さん死ぬための準備をしながらも、自分は死ぬとは思っていないから現実味に欠けていると感じます。

セミナー開催者も参加者も、まさか明日にでも自分の命が終わるとは思っていない。焦りや絶望感なんてそこには存在しないから、死の準備について説明したり話し合いながらも、未知のテーマに対して誰もベストな答えを持たず、お互いにただ形を追っているだけ。

終活について特集すれば読んでもらえるし、士業と一緒に「エンディングノートの書き方教えます」なんてセミナーをすれば人も集まる。死をビジネスとする方々にとって終活とは、いわば打ち出の小槌みたいなものかもしれない。

参加者は万が一の事を考えて、自分が死んだ後の葬儀はこうしてほしいとか、死ぬまでに費用的な段取りをとやる訳ですが、その根底には「迷惑をかけたくない」という気持ちしか感じられない。これでは自分の死を考え、生きる意義を知る上ではスタートラインが違うように感じます。

死ぬって絶対に怖いと思うのです、だからこそ死に方を大切にしないと

以前、「子供に迷惑をかけたくない、よく聞く言葉ですがなんだかね」という記事を書きましたが、葬儀の現場で見る限り、どこを切り取っても自分が死ぬなんてどなたも考えていないとも感じてきました。もちろん、私もです。

肉親の死が現実となった時、そこに悲しみは当然あるのですが、その事実を受け入れている自分と死の対岸にいる生きている自分が混在して多くの方は状況を理解できていません。何十年とそんな葬儀の現場を見てきた私自身も、人はいつか死ぬんだという事は理解していますが自分が死ぬ事を実感していません。

一介の葬儀屋ごときが、一般の方より多くの死の現場を経験したところでその意味はわかりません。わかったような口ぶりでその経験に基づいてアドバイスしたところで、自分よりも人生経験のすごい方、器の大きな方に何をわかったように話すのか。そんな事も恥じない立ち居振る舞いをするのは葬儀屋の驕りでしかないと思います。

人が亡くなった時の専門業者だからと、死ぬ事についての準備を話す終活セミナーなんて恥ずかしくてできるもんじゃ無いと思うのです。葬儀屋は死の専門家ではなく、儀式式場設営係であり、進行サポート係でしかありません。

また、終活、終活と、まるでその筋の専門家の如く講演を開く終活カウンセラーに至っては、現場経験すらおぼつかない、また逆に現場経験をやたら売りにしてくる怪しい経歴を持つ人が、これまた悟ったが如く道先案内をするのです。笑止千万とはこの事を指すのかと私は思っています。

死ぬ事の意味はわからない。生きる意義もわからない。でも、皆さんよりは多くの悲しみの現場に立ち会い、日々、創意工夫を求めるのが葬儀屋と思ってやってきた。こんな私が唯一アドバイスできるとすれば、そんな環境の中で死ぬ準備を学んだところで全く意味はないという事です。

じゃ、死後の世界観を話してくださるお寺様や宗教者が一番なのか

という訳でも無いと思うのですが、その方の生き様から感じさせていただく事が意味としては大きいとは思います。正直、お寺様も宗教者もいろんな方がいます。私たちに非常に近く、超〜俗的な方もいらっしゃれば、その存在自体がありがたく、そのお言葉で救われる。そんな奇特な方もいらっしゃいます。

体現という言葉。これをGoogle先生から引用させていただきますが、

たいげん
体現】 《名・ス他》1,理念など形のない精神的な事柄を、具体的な姿に表すこと。

理念でも精神的な事柄でもなく、この「形のない」ものを「具体的な姿に表す」行為こそ、お寺様や宗教者の方が体現しなければいけないのじゃないかと、葬儀の現場を見てきて思います。

そんな方と出会うには、自らが発心を持たないとご縁は無いと思うのです。そして、その発心の内容が純粋なもので無い限り、体現を「観じ」させてくださる宗教者の方と出会う事はありません。

終活事業者が既存の葬儀社や宗教家を否定する側に回り、自らの存在をその上に置こうとする。そんな世界観の中で、いくら生きる事や死ぬ事を考えたところで本物ではありません。もっと平たく、なぜ生きるのか、なぜ死ぬのかを観じる場に向かい、その空気感の中で自分が体現する世界が本当の意味での終活だと思います。

高いお金を出して終活カウンセラー資格なんか取らなくても、葬儀屋さんの集客のためにセミナーに参加しなくても(無料のお弁当を食べて、お土産を貰ったらさっさと帰りましょう)、もっと身近に終活場所はあります。まずはそこへ、大切な方と共に足を運んでみませんか。

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