セレマが京都で建設計画する葬儀場に反対行動が

京都セレマの建設予定地
京都セレマの建設予定地

京都大手の互助会セレマの葬儀会館建設に関して住民側から反対運動が起きている。反対されても、なんとか建設してきたのがこれまでの流れだが、建設慣れしているセレマさんでも何か焦る背景でもあったのか。

その建設、ちょっと待った!

仏教大紫野キャンパス(京都市北区)近くに建設予定をしている葬儀会館に待ったがかかった。問題は建設に関して土地の形状変更はしませんと言いながら、近隣住民から「やってますやん」と指摘され、建築確認の取り消し請求と執行停止申し立てされちゃったのです。

わからないように形状変更してしまう事は… ないとも言えないし、たまたま現場が間違ってやってしまう?事もあるかもしれない。でも、このような互助会と取引をする建設業者は入札とはいえ、指定業者間で行う事も多いので工事には慣れているはずなんですけどね。

住民側弁護士によると、業者側は葬儀場建設工事に必要な土地の形状変更に伴う都市計画法上の「開発許可」を受けないまま、建築確認のみで着工しようとしているという。市側はこれまで住民側に「形状変更はない」との見解を示している。しかし、住民側が独自に調査したところ30センチを超える盛り土や切り土が確認されたという。

引用:毎日新聞

なぜ、ミスる?

京都でかなりのシェアを持っているセレマさんでも、まだ、お腹いっぱいではないのですね。場所は京都北部、金閣寺の東側。地理的に北・西・東の三方を山に囲まれ、上から攻めてくる葬儀社を止めたい、戦略的にも関所のごとく要所なのか。

ま、老舗の大手といえ、昨今の互助会人気の低迷と、葬儀代金の下落には苦戦するだろから、拠点を増やして、様々な葬儀に対応する必要に迫られたのか。これまで、各地で住民に反対されてもうまく対処してきたセレマさんですら、ミスる要因が背景にあるのでしょうね。

全国で会館建設の際に近隣住民とモメまくって、収めどころをわきまえない事業者のせいで、条例規制される事態が起きてるだけに、それが飛び火して近隣住民・行政側にそのやり方が流行る前に、建てれるだけ建てとけと焦ったのかもしれませんね。

嘘みたいな話ですが

こういう話を聞くたびに思い出すのですが、遺跡などが出やすい地域で、葬儀会館を建設する際にやったんではないかという噂を… エゴの強い葬儀社ならやってしまいそうな事を…

そこそこ大きなモノを建てるのですから、基礎もそれなりに深いところに打ち込まないといけない。その際の地盤調査で何かが出る可能性が高いのです。出ちゃうと、工事は中止。遺跡調査が終わるまで建設できない。で、予定が変わって建設費用が高騰するのです。

大阪なんか、古くは四天王寺の近くまで海だったんだし、奈良は都があったし、京都も歴史あるところですからね。それを予測して、既存の会館を解体して新たに建設する場合、かなりの盛り土をして、そこを掘って何も出ませんでした。なんてやっていたと聞きました。そりゃ、出ませんわ… 砂遊びやないんやから。

地元住民の気持ち

葬儀社の言い分は、高齢化社会を迎えて、今後、ますます必要になるから建設しているとの側面もあるでしょうし、どうせ反対している皆さんも利用するでしょ。火葬場ではないんだから辛抱してよ。近くにできたら便利になるでしょ。なんて思惑があるのは事実ですよね。

でも、大阪では激しい住民の反対運動が起きて、建設は致し方がないが「絶対使わない!」との姿勢を打ち出し、本当に10年以上、利用してくれないところもあります。葬儀社も他の会館が埋まってしまった時にそこで施行をする程度。ほとんど使わない。

現在は、別法人を立ち上げて社員を代表者に置き、その会社に売却したとしてやってますが、それでも使ってくれない。

住民側にすれば、火葬場でも葬儀場でも同じ感覚ですし、自分たちが使うのは何十年に一度だけ、毎日、知らない人の葬儀が行われる事に付き合わされるのは困ると。車の通行も増えるし、騒音や匂い、何より、イメージが悪くなって資産価値が下がるってとこですか。

葬儀社も時代認識を間違えてますよ

どうせ事前に説明会を開いても反対される。ならば、密かに土地を取得し、建築許可を取ってしまえば反対したところで建設は止められない。法的には何の問題もないし、葬儀の場所を提供するという事は、地元住民の皆さんに貢献しているんです。が通らない時代って事です。

これまでそのやり方で建設された葬儀会館が、見渡せばもう十分にあるんです。一つの街に数件の葬儀社が会館を持っているところまできています。ここから先の建設は、事業者のエゴにしか見えないから住民は新たな方法で反対するんですよ。

作り笑顔を続けて50年です

住宅開発地に集会所があった時代に、そこに資金を投入して建て直すとか、管理を申し出るとか、地元にお金を出すとか、地域のためになる活動をしてこなかったからですよ。自己主張の塊みたいなデカイ会館ばかり建てて、地元との付き合いを大事にして来なかったからです。

そんな付き合いをしてその時代に既得権益を持っていれば、その後、集会所を公園なり貸し農園にでも変えて、住宅地の真ん中はご迷惑ですからと、側に葬儀会館を移転建設しても、言い訳も立つし、あそこなら仕方がないかって同意も得やすかったのにね。

葬儀欲しさに安もんの壁掛け時計や、姿見の鏡くらいしか集会所に寄贈しない発想が葬儀社のレベル。住宅地の近くに小さな会館を建てるのが主流と見ればすぐマネをする。キレイな言葉を並べても、体質は変わっていない。そんないやらしいところを見透かされているから、何十年と地元で葬儀をやってきても住民皆さんと仲良くなれないんですよ。

そろそろ気付かないかなぁ…

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