据え置きの祭壇に価値は無い!それは会館設備の一つですし

浜辺に積み上げた石
浜辺に積み上げた石

古くは手間がかかった祭壇設営。でも現在は据え置き、いわゆる置きっ放しである。でもその値段は変わらない。この時代、祭壇という葬具にも新たな価値観が必要ではないかと切に感じます。そんな事情を少し考えてみました。

祭壇には仕入れ経費と苦労経費が入っていた、ハズ

この梅雨時期、自宅や集会所で葬儀を行っていた時代をふと思い返していた。倉庫から祭壇や幕などの道具を積み込み、雨に濡れないようにシートをかけて搬送する。現場に到着したら、集会所の場合は取り急いで室内に道具を全て放り込んでしまう。自宅の場合、まずテントを立ててその下に道具を置いておく。

こんな苦労を、会館ばかりで葬儀をするのが当たり前の時代からこの業界で仕事を始めた方々はご存知ないかもしれない。別に、昔を懐かしんで、お前たちは楽だな、俺たちはこんな苦労してやってきたんだなんて、場末の酒場で先輩が吹かすような事を言いたい訳でもない。祭壇という、一つの葬具についての価値観を考え直したいのです。

当時、祭壇はワンセット購入するのに結構な金額でした。カタログには価格表がセットになっており、一応の売値は決まっていた。当然、値引きはあるのですが、葬儀屋との取引量によって割引き金額が違ったのです。祭壇であれ、小さな道具であれ、葬儀屋が買いたいと行動すれば値引きは低く、葬具業者が売りたい事情があれば大きく値引いても交渉が成り立つ。

もちろん新規での取引先には強気で商売していた。これは葬具業者も葬儀屋も同じ事。日頃、付き合いのある相手には無理はできないが、一見さんの場合はやりたい放題といってもいいほど、相手の足元を見た売り方をしていた。どの業界でもある事ですが、葬儀業界は何せ定価がない商売なのでタチが悪い。

邪魔くさくなってしまったのか

このように、葬儀の際に白木の祭壇を販売するという行為は、仕入れの経費と搬送にかかる経費もあったのである程度は理解ができたのです。私も、祭壇をトラックに積み込みながら違いを感じていました。高額な祭壇費用を受注している時に持っていくのは、当然、祭壇道具の箱も数が多く、大きく重たい。規格葬や民生の葬儀で搬送する祭壇は箱の個数も少なく、軽い。

葬儀会館で葬儀を行うようになってからはどうだろう。当初、多くの葬儀社は、自宅・集会所で行う葬儀の場所が変わったぐらいにしか思ってはいなかった。そのため、これまでと同じように祭壇を販売するパターンは変わらなかったし、その都度、祭壇を組んでいたのも当然の行動でした。

「面倒だ」おそらくこんな思いが業者の中に芽生え、徐々に、会館用の祭壇を購入し、据え置きで使用するようになるのにそれほど時間は要しなかった。そうなると、祭壇を購入した経費だけになる。減価償却もあっという間に終わってしまう。ならばその都度、搬送する経費は無くなったし、本来よりも安くするべきだったかもしれない。

業者の中には搬送経費が無くなった事を気遣い、無料で遺影写真の前に少しだけ花をあしらって置いてみたりと、多少、据え置き、いわゆる置きっ放しにしてる祭壇に高いお金を取るのかという、古くからの町内会などの方からのツッコミを心配しての対応をしていたところもありました。

慣れは怖い、慢心を呼ぶので

そんな感覚はどんどん麻痺し、やがて薄れてしまう。どこもかしこも、葬儀社は祭壇を置きっ放しでもこれまでと同じ金額で通用するという事に気付いたからです。背景には、まだ葬儀にお金が出る時代だったのもあります。平成の時代に入る前後あたりがこの時代でしょうか。

家族葬という言葉が出てきた頃、葬儀社はこの時に、葬儀の商品構成について価値観を変えるための舵を切るポイントがあった。が、残念ながらそのままの形態で進んでしまった。無理して、葬儀費用を維持する事に躍起になってしまったのは間違いではなかったのか。

数年前に直葬なんて言葉が出てきた時に、せめて葬儀という形態を残したいとの思いからだろうか、家族葬だけは最後の砦とばかりに商品構成を若干見直したが、時は遅しである。いろんな足かせをはめた状態では、思いきった事ができない。

その内容といえばお世辞にも豪華とは言えないものになっていて、まだ、古くの白木祭壇を組んでいる方がマシだと思う。祭壇を外してしまい、六尺ほどのテーブルなどに遺影写真を置いて花を飾る。足元に棺を置いてその周りにも花をあしらう。ちょっとシャレ感を出して、誤魔化しのような祭壇を家族葬用としたが、それでも必要な葬具を含んで約50万円はかかる。

祭壇に価値が無いと思っているけど、売ってしまう性

なぜ? 大きな祭壇を組んでしまうと、その上級の葬儀プランが売れないからでしょう。ある程度は葬儀らしさを出しながらも、若干のみすぼらしさもほどほどに出しておく事で差別化を狙っているのだろうか。これを見ても、未だに祭壇を売る時代の感覚は、変わっていないのではと勘ぐってしまうのです。

これからの時代、会館に据え置きの祭壇なんて、壁紙や柱やテーブル等と同じで建築物の一つと考えて、初期投資の設備費としてもいいのではないだろうか。実際に会館を稼働しだしてから頻繁に祭壇をメンテナンスしている業者はどれほどいるだろう。ほとんどの業者はオープン当初から設置したままではないのではないか。時折、ハタキで埃を払うぐらいではないのか。

バラして洗いをかけたりなんて事は滅多にしない。これは、葬儀社が仕入れている葬具納品業者と話していた時、祭壇洗い液の発注をしてくるところはほとんどないと各社とも言っていた。という事は、滅多にメンテナンスをしないという事。割れていようが、傾いていようが気にしない。それでも変わらず同じような金額設定をしているのはおかしくないだろうか。

確かに、白木祭壇その物の価値が下がり、それだけでは金額は取れない。なので、祭壇をベースにしながら生花装飾で豪華さを競う事になるのです。この行動基準は、金額を上げたいとの思惑があるからでしょう。祭壇費用として60万円以上取れれば、全体の売上は、前年対比と比較しても確保できる。あわよくば80万円、100万円と狙いたい。

新たな価値観を創造しないといけない時代でしょう

互助会・一般の葬儀社にしても、会館での葬儀の際には会館使用料を請求しているのが現実。でも、祭壇を据え置きにしているなら、会館使用料としてその祭壇が含まれていてもおかしくはないと私は思います。会館使用料を無料などと謳っているところは、祭壇費用・葬儀費用に上乗せしているので論外。

先日、披露宴に出席する機会があったのですが、披露宴などの場合は、お金を取るために料理がある。一人当たり1万5千円なり2万円なりを設定しているので、単純に40人規模でも最低80万円ほどかかるという理由を利用者にも説明しやすい背景があるし、祝儀もそれを見越して包んでいくのがまだ通用している。

料理代2万円、祝い1万円で3万円が包んでいく相場と言えば、高くても料理を売る事ができるし、納得させやすい。あとは夢のような空間を提供する努力をお金をかけてすればいい。そこで行う挙式が、一生に一度の晴れ姿と言えば、子にお金がなくても余裕のある親なら援助も惜しまない。そんな背景を睨んだ商売が続いている。

ところが葬儀はそうはいかない。料理を食べに行く訳でもない。豪華な雰囲気を求めている訳でもない。最近では一生に一度と言えない結婚式よりも、葬儀の方が確実に一度なのですが、それにしても、それがお金を出す理由にはならない。香典も料理を見越して包んでいく訳でもないし、相場が違いすぎる。

そんな中、いつまで葬儀業界は冠婚の良き時代背景を引っ張っていくのだろうか。

初期投資の設備費なら、使用料は安くすればどうか

祭壇に価値が無いなら、祭壇は無いものとして思い切って葬儀費用を下げてはどうかと思うのですが、ありえない発想ですよね。これまでの売上を構成する要素を排除していくんですから賛同する方なんて無いでしょうね。「君、そんな事をして、どうやって前年対比を保っていくのかね」なんて、カリスマ社長に突っ込まれそうですね。

でも、それぐらい思いきった事をしないと、葬送儀礼の文化は無くなっていきますよ。文化が廃れるという事は、葬儀をしなくてもいいという風潮が蔓延するという事です。これまで葬儀社が当たり前と思ってきた価値観が、いったいどれほど崩れてきているか現実を見ていますか?

葬儀は親族縁者の皆で行うものという概念が家族葬によって崩れ、故人の尊厳を大切にするなんてのは、直葬や1日葬なんてのを、バカな葬儀屋が売り出しているからその価値観も自ら崩している。自分の大切にしたい思いをぶつけていく商売をしないで、既存の業者の足元で商売しているのが現実。そんな軍団が喉が渇いているからと目先の水(金)を奪い合っている。

葬儀業界で育ててもらいながら、葬儀業界をダメにする。そんな業者をぶっ潰さないと今後の葬儀ってありえないです。でも、既存の葬儀社は古き慣習の上に立った商品構成を崩さない。だから、それを逆手にとってネット紹介業者や終活資格事業者なんてのが、雨後の筍みたいに湧いてくるんです。スキマを狙われているって分かっていながら、邪魔だと買収するぐらいしか対応できない。

そろそろ、無理せずやりませんか

互助会などの場合は、会員証に決めた内容がありますから、それを否定するなんて事は出来ないでしょうね。でも、互助会が会員証満期額だけで葬儀を行ってくれたら、せめて祭壇金額だけでも会員証満期額で欲張らずに辛抱してくれて、あれこれ売り込んでこなければ、みんな殺到するんじゃないですか。全国人気No1になれますよ。

しばらく売上単価は下がりますが、全国に営業所があるというメリットを活かせば件数でカバーできる時代が来ますよ。そこまで辛抱できる資金が、互助会さんにはありますから、本気でやれば市内の施行を全て奪う事ができる可能性もあるという事ですし、全国制覇できる可能もあると思いますけど。テストケースでどこかの市でやってみはったらどうでっか。

全国の施行シェアトップを取れたら、そこから様々な葬儀プランを設定すればいいんじゃないですか。高級志向の方には高級な会館を利用してもらい、われわれ一般庶民には、安心して安価で納得の葬儀ができる普通の施設を、安く貸し出してくださったら助かります。松竹梅の施設でお客さんを振り分けていただければいいのですケド。

ホテルでも安いところから高級なところまでありますから、ニーズに応じて利用できる環境を作れるようになれば、国が指定業者にしてくれるかもしれませんね。国民の葬儀基準はここだ!って。そうなると、市内の老舗の葬儀屋さんはたまったもんじゃなでしょうね。

次世代のチャンスは今からです

明治から昭和にかけても規格通りにしない業者もあった訳です。従来の装飾等級が不明瞭で、等級通りの装飾をせずに暴利を貪る業者があったとも言われていますので、いつの時代もその体質は変わらないのですよ。これ以外にも、大阪から葬列がなくなったのも、当時の禮を大切にするべきという意見に対して、やはり動員に費用がかかる事から廃止になるという経緯もありました。

時代は変わっても、同じような問題が現在の葬儀業界にはあります。禮を重んじるのか、それとも費用で解決するのか、消費者にとっては難しい問題でもあります。しかし、その節目にはそれを解決する事業者が生まれてきました。葬送儀礼を受け継いできた救世主です。

古くは公益社がそうでしたし、地元で地道に事業を行っていた小さな葬儀社も、文化を大切にしてきたところもありました。しかし、残念ながら、現在は自由経済の波に飲み込まれ、当初の起業理念とは少し離れてきているようにもお見かけします。

これからの時代、そんな業者さんは現れるのでしょうか。私は、ひと肌脱いで葬儀という文化を大切にしてくれる業者さんが出てくれると思っています。それが商売っ気丸出しでであっても、画期的なアイデアと文化に根付いた事業であれば、消費者に受け入れられるのではないかと思います。もちろん、直葬なんて形式ではありません。

きっとその方は、据え置きの祭壇費用なんて売上に計上しないと、ささやかながら期待しておりますが…

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