葬儀価格を決めるプロセスについて思う事

ジュラルミンに入ったドル札
ジュラルミンに入ったドル札

葬儀の原価を抑える努力、売価に対する原価率の考え方、無駄なコストを削る努力、これらを普通は行って、適正な価格と適正な利益を得ようとするのが企業努力というもんですが、残念ながら葬儀業界にはそのような言葉は存在しないんです…

総合的な判断の上に立って構成しています!

お葬式に使用する各商品は、原価だけを見れば非常に安いものです。骨壷、お棺など原価率だけで言うと10%~20%いけばいい方です。白木の祭壇も古くは数百万円もするものがありましたが、現在では中国などで製造されたものも多くかなり安い。

このような消耗品を組み合わせて、家族葬40万円などという、葬儀のプラン商品ができあがる訳ですが、これらのプラン原価率を見てみると、20~30%前後をめどに設定しているところも多いと思います。

確かに消耗品自体の金額は大した事はない。けれど、棺で考えてみると、その搬送経費、保管経費(嵩張るので倉庫スペースが必要)、ロス率(ほとんどないけど、打つけるなどの破損)などを考慮すると、それぐらいに設定しておかないと十分な利益を得れないのです。

通常、葬儀社と呼ばれるようなところでは、事務所もあるでしょうし、葬儀会館も維持管理経費はかかります。人件費もかかるし、総合的に判断して利益率を決めている… と言いたいところですが、私はそう感じていません。

いつもの通りで

というのも、そうれん屋(葬斂)の時代からそんなに難しく考えてはきていないと感じるのです。葬儀に必要な人や葬具を貸し出す仕事から、現在は、生前の顧客取り込みを狙っての終活活動や、相続、介護などの事業にも関わり、死の総合商社の程を見せています。

一見すると、ビジネスとして洗練された感があり、事業目的に向かって非常に細かな戦略を練りながら取り組んでいるようにも見えるのですが、結構、ドンブリというか、適当なところで物事が決まり、進んでいく世界はあまり変わってません。

なので、商品売価の原価を決めるにしても、これまでの慣例でと、ベースが出来上がってしまってます。この思考の大きな要因は、施行受注数の波があるからです。いつ、どれだけ依頼が入るかわからないのは永遠のテーマですから、どうしても待ちのコスト管理になります。

自宅で葬儀の時代は、確かに経費がかかった

主に自宅などで行なっていた葬儀屋の時代。白木の祭壇を運び、幕を張り、道具を運び込み、テントを立てる。そのためにかなりの人間が必要でした。もちろん、受注金額によって総量は変わりますから、人数にも変化が出ます。

店によって違いましたが、50万円前後の祭壇ならば、飾り付けに最低でも男3人は必要でしたし、葬儀当日はその3人に司会進行係が一人増えるのですが、火葬場への同行で一人取られますので、結局は4人で片付けをしなければいけない。これに、接待係の献茶婦が通夜・告別式に2人ずつ、計4人入ります。

出棺後、早ければ30分、長くても1時間のうちに、先ほどまで祭壇を飾り、葬儀を行なっていた部屋と自宅全てを片付けて清掃し、今度は、仕上げ料理を並べて迎える準備をしなければいけないのです。時間との戦いで、まあ大変でした。なので人数が必要なのです。

これが、地元の名士や区長レベルの葬儀になると、個人葬と言っても、当時は平気で500人を超える参列者なんてザラでしたから、もっと人数が必要になります。司会進行や献茶婦においては料金を請求しますから賄えますが、その他の男手は葬儀屋が負担しないといけない。

骨の髄までいかせてもらいまっせ

この人数を社員ばかりで普段から準備していると、葬儀が全く入らない日が、二日、三日と続く時もあるので無駄になる。病院担当でもあれば、急な寝台搬送依頼も入るので、そこそこ人数も必要ですが、それでも、ヒマな時間が続くと道具の手入れや、車両の掃除くらいしかする事がない状況が発生します。なので、葬儀屋はお金が出ていくばかりになるのです。

で、忙しい時はなぜか重なるのです。1件依頼が入って二人で病院へお迎えに行く道中、また1件依頼が重なるなんてしょっちゅうです。いつも、次入ったらどうする?を考えておかないといけない商売なので、臨時の人間を雇う事も多いし、寝台車なども外注できるよう準備しています。なので、重なると普段より出費が増えるのです。

当時、飾り付けや告別式のために臨時の人間を依頼すると、手伝いだけで日当3万円が平均でした。司会進行の場合3万5千円に寸志を加算してましたので。

仕事が入らない日が必ずある。いつ入るかわからない。でも、固定人件費や経費は必ず必要。と、こんな待ちの状況で行なっていた葬儀屋の時代に考える事は、「入ったら1万円でも多く取るし、一円でも無駄な金は使わない」という感性です。という事はですね、普段から原価率はかなり低い設定になり、なんでも1万円。区切りは5万円の世界が当たり前なんです。

葬儀会館に変わっても同じやね

自宅での葬儀の時代から、葬儀会館に移る頃、それまでの自宅葬もそこそこ受注はあるから人手も道具も要る。でも、会館も必要だしと、新たに土地を取得し建設する。確かに建築コストはかなりかかってました。でもね、時はバブル期絶頂の頃です。土地を数件転がしたら、葬儀会館の一つや二つ建つような時代です。これも、時代が後押ししていました。

やがて、会館での葬儀が一般化した頃、待ちの姿勢は変わらずとも、それまでにかかった建設コストを償却できているにもかかわらず、売価はそのまま。待機の人数は必要でも、大きく変わったのは、受注から通夜・告別式への流れの中で人手がかからなくなったのです。

会館という拠点ができた事で、そこへ搬送すれば、後は流れに沿って仕事は消化できます。祭壇も置きっ放しなので、人手がかかった搬入や設営も無くなった。棺を移動する人数がいればなんとかなる。まして、今や女性でも棺を担ぐ時代です。会館事務員兼サービス係(昔の献茶ふ)が一人いれば、納棺をして安置するまで担当者と二人でできてしまう状況です。

このようにコスト面での変化があっても、どうしても待ちの仕事の部分での人件費がチラつくのか、もしくは、三つ子の魂百までと、一円でも出したく無いアイデンティティがそうさせるのかわかりませんが、そんな感性が、新しい商品やプランを組んでも、適当な値段設定をする背景にあると私は思っています。

でもね、待ちのコストを解消する方法を構築する努力もせず、葬儀紹介業者に50%のリベートを取られてもやっていけるなら、もっと消費者に優しい価格設定でもいいんじゃ無いかと感じます。普通、それを企業努力って言うんですけど、この業界には存在しない言葉なんで…

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