お盆の法事と家族葬を比較してみると

お盆の習わし

お盆の行事も終わり、ご先祖様も無事にお帰りになられたことかと。特に初盆を迎えた方にはわからない事も多く、ご苦労されたのではないかと思います。

関西、特に大阪ではお盆の行事をそれほど盛大には行わないのですが、他の一府四県では全国規模に比べて控えめではありますがそれでも結構な加減で準備をします。

このお盆の行事。精霊流しでご存知かと思いますが長崎に代表されるような法事の規模になると準備にかなりの費用がかかりますね。
以前、この長崎地区を担当する方と話をすることがありまして、この時期の売上が夏場の葬儀社の落ち込む売上を支える大きなポイントと話していました。
それだけ一件あたりの売上単価が大きいのと、ほとんどの方がきちんと法事などを行うということです。

沢山集まる親族からのお供えや供物もありますので、そういった法事を大切にされている地域では盛大な割に施主の負担が大きくなることもないようで安心して法事を行うことができるそうです。

これは、家族葬と参列の方が多く集まるあえて本葬と言いますが、その比較と同じ感覚ですね。小さく、小さくしようと意識がそちらばかりに行くと、かえって施主の負担が増える。

もちろん、最低限用意しなければならないものはある程度決まっているので、人数が少ないと施主の負担が増えます。
逆に沢山の方が集まる事で、一人当たりの負担が減り、結果納得のいく事ができるのも事実です。

葬儀には安心できるシステムを

初盆と家族葬の一番の違いは、初盆の時にはもうすでにお葬式は済んでいるので「気持ちが落ち着いており、精神的なゆとりが少しある」という事でしょうか。

また、盆などの法事の主導権は施主側にある事が多く、そのやり方、準備するもの、食事に至るまで自分たちで手配して準備します。葬儀社には、必要な道具や飾り付けだけを依頼するぐらいです。

葬儀社にすれば、幕を1枚、2枚張って、盆用のお供えを飾りつける段を貸し出したとしても大した売上を請求する事もできませんし、なんとしても料理を受注したいと狙っています。
盆提灯自体は結構な単価がしますが、、それとて盆の法事にかかる費用の中で見ればびっくりするほどの割合を占めるものでもありません。

お葬式はお盆などの法事と違い、地域の長老が仕切っても、それでも葬儀社の分野に関しての比率も高いためか主導権は葬儀社にあると考えます。
お葬式=葬儀屋さんに依頼するという図式そのものが、すでに表していると思います。

結果、施主側からの心理では、十分な事をしたいが、本当にそれだけの準備(費用)がいるものなのか、葬儀屋さんに主導される中で、慌てて決めていかなければならない状況が益々不安を増殖する事にもなりかねません。

一家の主が亡くなれば、残された方はそこから先の生活も大きな不安に包まれますし、最愛の伴侶であれば、その悲しみや、ショックから正常な判断も難しいと言えます。

もっと、施主側が安心して全体の予算を把握できる状況、亡くなって気が動転されている事もありますので、それらを和らげる事ができる環境やシステムを葬儀社は提案するべきだと思います。

結局は、お互いのためになる事ですから

病院から寝台車で会館に直接入って、霊安室で預かっていただく方も多いとは思いますが、そんな完全アウェイな環境で見積りを行ってはゆとりを持てる訳はありません。

ご遺体は霊安室に預けても、見積りは翌日自宅へ担当者を呼び、しかも親族が沢山集まっている中に葬儀社の担当者を一人ポツンと座らせたような状況の方が下手な事は言えませんし、親族の中に口うるさい方でも居ようものなら、言葉尻りを取られないよう細心の注意を払って話すと思います。何より、説明をきちんとしないといけない状況です。

葬儀社にとっての完全アウェイな環境を作る事が、施主側の精神的なゆとりを少しでもつくる秘訣だと思いますので、その中で法事のように必要な事を、ある程度見込める予算の中で皆さんとよく相談しながら決めて、十分納得する内容で行ってあげていただきたいと思います。

親族の数は大体分かると思うので、その方達の分は費用がかかる項目が多いのですが、基本的にその方達の香典等で賄えるものです。
一般の参列者の場合、香典自体は単価が低くなりますが、その香典で賄える事をもてなしとして行う訳ですからあまり心配される性質でもないと考えます。

いくら家族葬であっても、家族だけですると言っても、亡くなった事を完全オフレコで行う事は、社会での付き合いや生活がある限り難しいと思います。
亡くなった事で喪主や遺族、親族はお仕事を休む訳ですし、ご近所の方も全員にオフレコという訳にもいかない状況があると思います。

それと、後々になって亡くなった事を聞きつけて、自宅に「お線香を上げさせてもらえますか」と来られても、病院からお通夜、お葬式と続く中で精神的にも肉体的にも疲れ果てているところへ来られる事になり、施主側にとっては大きな負担になります。

亡くなってすぐにはそこまで考える余裕がないため、オフレコでの家族葬を希望される方も多いのですが、結局、お通夜、お葬式と「決めた日」に参列していただく方が、失礼な言い方かもしれませんが「お互いに一度で済む」のです。
その方が施主側も参列者側も一番負担が少ない事を多くの方は存じません。

お葬式が終わってからの生活もその地域でする方もあるでしょうし、仮に後に住む方が全くなくても、それまでにお世話になった事も少なからずあるでしょうから、ビシッと線を引く事は、実際問題として中々難しい問題でもあるのです。

香典と人間関係を考える

香典を受けたら、また返さないといけない。香典を包ませる事に気を使う。ご迷惑をかけてしまう。だから「香典辞退する」方を沢山見てきました。葬儀社の売上を助けるつもりではありませんが、先ほどの法事と同じく、皆さんで持ち寄れば個々の負担は減るのです。香典を辞退する事によって、全ては施主の負担です。

無理をされる必要は全くありませんが、それで十分な事が出来ないなら、果たしてその考え方も如何なものかと思いますが。

もう一つ、香典を受けない事で相手方との関係に一線を引くという側面もあります。喪主である子供との付き合いも、故人の伴侶ともその方は特に付き合いはなかったが、故人には大変なお世話になった方が参列して、それまでのご縁や、してくださった精神的、金銭的な恩に対しいて少しでも最後にお返しさせて欲しいという、ちょっとした気落ちも無下にあしらう事に繋がる可能性はあります。

そんなに一般常識から外れた何十万円もの金額を包まれる方もほとんどいないでしょうし、どんな気持ちで包んでこられているか、もしかしてその方の、その時には香典を包む金銭的なゆとりはなくとも、ここしかお返しできる場がないと思って参列されているかもしれません。

単に付き合いでお供えされる香典も、そんな気持ちからお供えされる香典にもお金には内容が書いてないので喪主にはわかりません。
第一、受付には喪主が座ることはないので、その方がどの方か、どんな気持ちで来られているかわからない事も多いと思いますが…

相手の立場に立ってみると

その方が自分ならどう感じるか?

「いや、いや、参列することが一番で意義のあることだし、香典でお金で計るものでもないからね」という考えもあるでしょう。

義理で来る方は香典なんて包まないでしょう。会社を代表して来る方で会社の香典とご自身の香典を一緒に出される方も意外と少ないのです。
いわば会社の香典を出す事で「悔やみ感が出る」または「格好がつく」と思っている方もいます。

そんな方は会社代表でなく一般で参列されても、香典を出さずに記帳して焼香してすっと帰りますよ。仮に包んで来られたとしても、香典返しの一つでも渡せば済む話ですし。

社交辞令で受け流せばいい気持ちと、相手方が行う行為に喪主が甘えてくれる方が精神的に楽と感じる方もいます。注意すべきは、それらを一緒にしてしまう可能性が香典辞退にはあると言うことです。

選択の幅を広げるためにも、生きている間に一度は自分のお葬式についいて考える。生きている事、生きてきた事、お世話になった方、伴侶の両親や親戚関係、そんな方の気持ちをお考えになる事も大切ではないでしょうか。

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