祭壇の移り変わりと、その意義

祭壇の移り変わり

祭壇というのは西洋を問わず、古くから使用されていますが、日本における祭壇の移り変りを考えてみます。

お寺でお葬式をする事が多かった時代から自宅で行うようになって、そのお寺の装飾を真似て祭壇を飾るようになったと言われてます。

そのお寺には「ご本尊様」があり、天井には天蓋が飾られ、須弥壇を置きお寺様が前に座ります。これらを祀るところは、内陣といわれる聖域で神聖な場所とされ、基本的にそこに座って導師を勤める事ができるのは、お寺を代表する地位にある方だけで、後のお寺様は外陣に座りお勤めをします。

「外陣」いうと分かりにくいですが、皆さんがお寺にお参りに行って、本堂で靴を脱いで中まで上がり、ご本尊様の前によく「お賽銭箱」が置いてあると思いますが、そこから振り返って本堂の入口までが外陣で、賽銭箱から奥へご本尊様までが内陣となります。

お家で葬儀をする場合

お葬式を家で行う場合、奥から手前の順に説明しますが、祭壇を飾る部屋の一番奥に「ご本尊様」を、と言ってもほとんど「掛け軸」ですが飾ります。そして次にお棺を祭壇の一番高い段より上に安置します。

このお棺とご本尊様を、薄い向こうが透けている、私達は「シャアの幕」と呼んでましたが釣鐘のような形をなぞって金襴で装飾してある幕で祭壇と区切ります。

その次に祭壇を飾り、祭壇の一番上の段には「棺前飾り」と呼ぶ、お棺を収めて運ぶ台車の宮飾りを真似た、大きな葬具を飾ります。そこから順に段が下がっていき、その様が須弥壇を真似ています。

全部で4段から5段の仕様になっていまして、その各段に果物や他の物をお供えする「3段盛り」や「2段盛り」の葬具。そしてロウソクを灯す「燭台」やお香を灯す「香炉」などを置きます。もちろん、遺影写真も祭壇中央に飾ります。古くは「四華花」といって、紙でできた花飾りを備えたこともありました。

祭壇の奥、両側には「二天樒」を飾り、お葬式を行う自宅やお寺の玄関先や入り口には大きな「大樒」を飾ります。これは「親族一同」の名札を飾り、通常は親族でお供えする性質の物です。これら4つの樒で仏様の四天とし式場内の結界の役目を担うと言われています。

この様な形式で飾るため、納棺を済ませてからしか祭壇を飾ることができず、通常は自宅にお伺いしてまず幕を張り、ご本尊様を設置してから納棺をして安置します。今は逆で、祭壇を先に組んでしまい、会館なら祭壇は置きっぱなしです。

儀礼は大切だとおもうのですが

祭壇にはこういった習わしがあったのですが、現在ではただ大きな遺影写真を飾り、その写真周りを花で飾るためや、祭壇全体を花飾りで使用するための「ただの段」になってしまっています。

また故人を安置するにしても、「納棺してから安置しやすい」からとか、「出棺、お別れの準備がしやすい」などの理由から、今では祭壇の中に安置できるタイプであったり、祭壇の前に安置したりしています。

すべての「物」より「下や中」に安置するということをどのように考えることを現在の担当者の方は感じているのかなぁと…これでは故人を「物」として取り扱っている「様」でありながら、葬儀社やその担当者はウヤウヤしく「儀式について説明」したりします。

お寺さんもこういったことに「苦言を呈する」ことも私が現場で見た限りではありません。
このような環境の中、現代のお葬式は行われているのです。

お葬式には「絶対」はないと私は思っていますが、守・破・離の原則はあると思っています。
現在の葬儀業界にお勤めの皆さんが、「今のお葬式」しかご存じなければ「歴史」や「風習」そして「文化」も廃れていき、お葬式を形骸化することに加速を生んでしまいます。
その象徴が「一部の家族葬」にあると私は思っています。

死の尊厳と儀式

結果、「死」に対する「尊厳」が薄れ、何事もおざなりにする風潮が、生きている間の人間関係にも現れる「現象」や「行動」につながるのではないかと危惧しています。

堅苦しいことを言うつもりはありません。自由葬でも音楽葬でも家族葬でも形式はどのようなものでもいいと思いますが、必ず「譲れない」ところはあると思います。

葬儀のプランを考えるにしても、現代の価値観で流行り廃りがあるのは仕方がないとは思いますが、こういったお葬儀の歴史を踏まえた上でアレンジしている現場担当者の方はいったい何人ぐらいいるのかなぁと思っています。

販売する業者としては「流行り」や「世間の風潮」に流されず「根っこのある」お葬式を続けていただきたいと願っています。

うわべでの儀式ではなく、「説明できる」儀式を担当していただきたいと…

シェアする

トップへ戻る