家族葬っていつから始まったのか? おそらく平成15年頃ですよ

三世代家族の人形
三世代家族の人形

家族葬という言葉が定着してからは、葬儀料金を抑えるために喪家側の防御ワードとして使われていました。そのうちに香典辞退なんて流行らせてしまい、結局、自分たちの負担が増える事になったんですけどね。

家族葬の前には密葬といフレーズがありました

家族葬。この言葉の全国的なブームはわからないですが、平成15年前後から出てきて一般的に使うようになったと記憶しています。この前には、少しだけ流行った「葬儀は、密葬でやりますので」というフレーズもよく使われていました。

これは、身内で、少人数で葬儀を行いますという意味で使われていましたが、本来の密葬の意味合いとは全く違います。エンバーミングなんてない時代では、ご遺体を保存する技術がドライアイスのみですから、先に火葬(埋葬)を行う必要があり、身内や親しいものを中心として取り急ぎ葬儀を行うしかなかったのです。

また、交通手段が十分ではなかった時代背景により、訃報連絡もままならず、通知と移動に時間を要した時代の名残でもあるとみます。そういったことから、密葬を行った後、準備に関する時間的余裕を見て、また皆さんが参列しやすい日時を選んで行ったのが本葬でした。

密葬の意味が変わって、家族葬へと繋がっていく事に

地域によっては、密葬は自宅で、本葬はお寺で行う慣習もありました。時間的には二日で済ませるのですが、通夜を密葬として行い、お寺で行う葬儀を本葬として行います。

しかし、ほとんどの個人葬では、密葬、本葬を合わせて行う事が主で、二度に分けて行うのは、地元の名士や社葬などぐらいで、喪家側も参列者側も、費用的な面と物理的な負担を減らす意味から、個人で分けてする事はほとんどなかったのです。

それらの時代の流れを踏まえて、「田舎とは違うので、私のところでは密葬と本葬を併せて行います」という事になり、次には、身内だけで行う意味合いだけが強調されて「今回は密葬で行います」となり、密葬イコール費用をかけないというイメージに繋がっていきました。

しかし、密葬という言葉に多くの施主が抵抗感を持ってまして、何やらおざなりなお葬式をするような感じを持っていたんですね。葬儀を簡単に済ませたようなイメージがあったのです。

家族葬対策に動く、葬儀業界

そうこうする内に密葬から家族葬へ表現が変わり、この言葉はあっという間に流行りました。当時、見積りに伺ったどこのお家でも「家族葬でやりますので」とか、「家族葬と一般葬は違うの?」なんてよく聞きました。

家族葬のフレーズには、家族だけで心を込めて行うとのイメージがあり、故人をおざなりにしていない、そして、葬儀は小さくともきちんと行っていますよとの、罪悪感の払拭にぴったりとマッチしたのです。いい感じです。

お葬式の尊厳を失わず、儀式としても成り立つ。しかも、しっかり喪主としての務めを果たした充実感と、費用や親族間の問題など、遺族の複雑な気持ちも抱擁してくれる。 一部にそんなイメージが先行しましたから受け入れられたんでしょうね。

今は主流ですよね。そうなると業者は対策にやっきになります。まず、皆さんからの献上するお花は出ない。 そして、香典は受けないから葬儀費用は上がらない。最終的に参列者が少ないから粗供養が出ない。 

ところがどっこいです、業者の方が上手を行きます

時代的には葬儀会館もどんどん建設されていき、そう遠くないところに存在している。家族葬だからという事で、じゃ、家に帰らなくてもいいか、そうだ葬儀屋さんに預かってもらおう。となると、益々、参列者が減っていくのです。

業界は対策として、「自宅へ帰りましょうキャンペーン」をやってきます。一旦、自宅に返せば、当然、近所の方の目に触れる。町会にも一応は連絡をしないといけなくなる。訃報を聞けば、いくら家族でしますからと言われても参列しない訳にはいかないのですよ。

喪家は家族葬バリアを張ったつもりなので、そんなに来ないと思っているから準備に費用をかけなくなる。参列者側は訃報を聞いているので、普通の葬儀とお同じように、ご近所さん、会社関係者、友人、知人は参列してくる。

で、追加、追加が発生するのですが、葬儀社は来る事を見込んでいますから、初めから準備する段取りで構えている。「故人様のご遺徳ですね。家族葬と言ってもこれだけ来られるのですから」なんて事を白々しく行ってくるのです。

こんなチグハグな期間がしばらく続くのです。いわば、葬儀社と喪家の「来る、来ない」戦争が毎回勃発するのです。

家族葬がもたらしたもの

家族葬という言葉は、まだ葬儀に関する情報が少なかった時代に、消費者が自らの身を守る大きな武器になりました。言われるがままに費用を提示されていた時代から、知識が無くとも、とりあえずの予防線は張ることができたのです。

その後、香典を辞退するという風潮を生み出したのは、家族葬というフレーズだけでは一般的に何かよく分からない葬儀形態になってしまう。自分たちは費用を抑えたいのだが、人が来るからお金がかかるイメージを持った。だったら香典を辞退すれば、さすがに来ないだろうと。

これも消費者バリアの一つでしたが、結果、葬儀の費用を自分たちで全て見ないといけない事になります。確かに請求金額の総額は減ったかもしれないが、実質の負担額は変わらない。むしろ、一般の方の香典のお返しを除いた分の余禄が減ったので、逆に増えているのです。

その結果、より一層の負担感を減らしたいと願う消費者意識は、ネットでの葬儀紹介業者の台頭や、折からの終活ブームに乗って、もっと小さなお葬式を、費用で選択するしかなくなってしまったのです。葬儀文化崩落の始まりです。

折からの高齢化もあり、今後とも益々、葬儀は小さくなるでしょうが、やはり人は様々な縁を持って生きています。家族葬というワードでご遠慮いただきながらも、せめて訃報を伝える事は命終いには必要だと、私は思っています。

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