『大阪北部の地震における報道の在り方』震災はネタじゃないよ

葬儀のブログを書くようなヤツが震災における問題を話すなんてのはおこがましい事ですが、それでも言いたい事がマスコミに対してあります。

阪神・淡路大震災の時、遺体搬送・葬儀・火葬のため震災直後から数日間泊り込みで現地に入り、落ち着くまで1ヶ月近く関わってきた経験から思う事もあります。

九州で地震が起きた際にも、地元の方が並んで待っているのに割込み給油をやらかしたりと、どうも報道の正義を勘違いしているなぁと思うからこそ言いたいのです。

今回の震災で命を落とされた方々のご冥福をお祈りいいたします

ご承知のように、大阪府北部で6月18日午前7時58分ごろに震度6弱の地震が発生しました。

私は阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして今回の大阪での地震と大きな揺れを体験するのは三度目で、今回が一番激しかったと感じました。地震を経験する度にいつも思うのですが、揺れ出したら逃げようが無いし揺れが収まるのを待つしかない。改めて、自分ではどうする事もできない自然災害の怖さを身に染みて感じました。

私の住居地は震度5強だったのですが今回の地震での被害は意外と少なく、車で30分ほどのエリアにある震源地に近い高槻市や茨木市などではニュースで報道された被害が出ております。

大阪市内でも区によって揺れ方がかなり違った様子で、私の家は物一つ落ちず、地震の前と室内の風景は変わらずでしたが、場所によっては家具が倒れたり食器が散乱するなど、周りの人の話を聞いても状況は様々でした。

マスコミの報道姿勢

こういった震災が発生すると、まず報道各社のヘリが飛びます。阪神・淡路大震災でも同様でした。消防防災ヘリコプターや自衛隊も飛ばします。上空から見れば被害状況はよくわかりますし、その情報を元に被災地の方へ必要・有益な警報を発信することも可能になります。

また、被災地に住む身内や友人・知人の身を案じる方にとっても被害状況がわかればありがたい事なので、初期情報としては大事だとは思います。そして、この時に残された映像は、後々の資料映像として貴重なものとなるのは過去の震災の例を見ても明らかで、その行動を否定するつもりはありません。

ただ問題は、ある程度の被災状況がわかった後の報道各社の取材姿勢です。今回のその対象は、地震によって起こった交通機関の渋滞が主で、在来線や地下鉄が止まってしまったため新大阪駅に溢れかえった人々を取材したり、橋を歩いて渡る人々の映像を上空から撮影したりと、「地震によって都市部ではこんな大変な事になっている」絵面を全国に伝えるためだけであって、被災した人々には全く無用な情報なのです。

避難所はどこに設けられているとか、食料や水を配布している場所や災害時に無料になる自販機の設置はここなど、生き延びるために今すぐに必要な情報は届かないのです。なぜなら積極的に自治体や警察を回って取材をしないからです。仮にしたとしても優先順位は被害状況が先だから報道が遅れるのです。

同じ事を繰り返さないで欲しい

今回の震災は「被災しなかった人」が大半で、火災の発生もマスコミからすれば肩透かし。「悲惨な映像」が少なかった事で、その矛先が都市部の機能マヒと世間の哀れみを買いやすい二次災害ばかりが対象となりました。

地震で倒壊したブロック塀の下敷きになった小学生の女子の災害も起きましたが、これまで1968年(昭和43年)の十勝沖地震・1978年(昭和53年)の宮城県沖地震・1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災のたびに同様に命を落とす人がいて、法改正が見直されながら多くの人がその問題を忘却した事で悲惨な歴史を繰り返しているだけなのです。

しかし、マスコミが追求するのはその壁を設置した経緯と責任者のあぶり出しだけ。報道する側として過去の反省などは言葉にしないし、法改正に繋がる問題提起になったとしても継続して話題にはしないのです。話題性がなくなれば取材対象から外れるだけ。そして人々の記憶からも消え去っていくのです。

他にはエレベーターの閉じ込め、余震に備える食料・水の購入で空っぽになった商店の映像、瓦の落下による雨漏り対策に終始し、宅配便の話題も出ていたけど、どれも旬ネタ。宅急便なんてエレベーターも止まっているのに生鮮食品以外、地震が起きた日に絶対に届けないと、受け取らないといけないのかなと私は思います。

経済活動を制限するわけにもいかないけど、震災時には様々な事情で車両や人が道路に流れ込むから、災害救助や消火活動に必要な道路の確保を優先しないといけない。そのためのルール作り・法改正に繋がるように「公共交通機関が止まったら出社を控えましょう」とか「震災時は不要な配送は遠慮しましょう」などのキャンペーンを打って、何が問題なのかを皆が考えるきっかけを作るべきです。

そろそろ報道する側の皆さんには分かっていただきたい。終活とか葬儀のネタもそうだけど、無責任に取り上げて世間を煽り、ブームが去るとその責任すら取らず次の話題に移っていく。震災の報道も同じ姿勢で、話題性を思い求める正義なんて不要です。

阪神・淡路大震災で上空を舞う多数のヘリの音のために倒壊した建物の下敷きになった人の声が聞こえず、助かる命も助からなかった事を忘れたのですか。防げる命を守るための取材と報道を継続し、問題提起するという「報道の正義」を考えないと、いつまでたっても震災はネタでしか無いのです。

地震大国と言われ日本で安全な場所は無いと言われています。そして、私も含めて多くの方が悲惨な出来事が起きてもいつしか忘れてしまうのです。なので報道する側の皆さんには震災が落ち着いても継続して問題の取材を続け、報道を続けていただきたいのです。平常時であっても防災に関する情報提供・注意喚起をニュースや番組・SNSなどで常に一緒に流して欲しいのです。

地道にマスコミ人としての行動規範を遂行してくだされば、今回の二次災害を防ぐ事ができたかもしれない。報道する側も受け取る側もそういった反省を踏まえ、マスコミが世間を動かせるなら、防げる命を守るために人や国を動かして欲しいと願います。

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