おじゅっさんから紹介僧侶へなぜ変わってしまったのか

焚き火の写真
焚き火の写真

古くは、「おじゅっさん」と親しみを込めて呼ばれていた菩提寺の住職。現代では、葬儀社に営業をかけて、檀家探しに躍起になっているところもあります。寺院を維持するご苦労は理解しますが、葬儀での読経を、さも金儲けのように勘違いしている坊さんも確かにいますんで…

葬儀組で葬儀を行っていた時代

葬儀組とは、村の菩提寺を中心として葬儀を行う際に構成された組織でした。そのトップは、組長と言われる方で、檀家総代を兼ねている方も多かった時代です。菩提寺を中心として葬儀のやり方も決まっていましたし、皆協力して互助の精神で葬儀を行っていました。

葬儀も宗教の教義が根本にあり、その儀礼に沿って行われます。通夜にはお寺様の読経が終了後に、講元婦人会がご詠歌を務めますし、皆さんお寺様を、その教義を、本当に大切にしていました。その生活の中心に「おじゅっさん」と親しみを込めて皆さんが呼んでいたお寺様が存在していたのです。

都市部でも地域により一部でその風習は残っていますが、生活環境の変化に伴い、徐々に姿を消そうとしています。お寺での葬儀から葬儀会館での葬儀に移り変わっていくと、より一層その流れが加速していきます。

組から個への変化

組が機能しなくなり、葬儀の場が自宅やお寺から葬儀会館に移るのにそれほど時間はかかりませんでした。互助会などの資金が潤沢に用意できる葬儀社が主導する形で、どんどん会館は建設されていきます。

昭和40年前後で始まった互助会。平成に入るまでには、ほぼ、全国各地に葬儀会館が出来上がりました。追従する形で、一般の葬儀社も銀行からの融資により会館を建設したり、電鉄事業者や他業種が葬儀業界に参入し出したのもこの頃です。

自宅、集会所で葬儀をするよりもはるかに便利であることから、消費者に大いに受け、それと共に葬儀も、お寺中心のものから会館中心の葬儀社主導のものへ変化していきます。当初は、お寺様の事情で葬儀の日時を組んでいたものが、消費者の都合(休めない)に変化します。

菩提寺の場合、これまでの組の習わしでは、どうしても”昼から”の葬儀になります。古くは炊き出しでお昼を食べてからの葬儀の慣習があるので、ど真ん中の時間を指定してきたりするのです。これが葬儀会館では受け入れるのに難しさがありました。

葬儀は、14時からで

なんて言われると葬儀屋は避けたいのです。火葬場が空いていないならともかく、14時からの葬儀では、仕上料理が売れない事情と、次の通夜の準備ができない背景があるためです。

仕上料理なら5千円、6千円と取れるけど、昼食ではそこまでの金額の弁当は売れない。一度、12時に昼食を食べてから葬儀をすると、お骨上げまでの時間に行う仕上料理(14時半くらいから)は食べれない。

まして、14時からの葬儀は15時の入場となり、お骨上げは翌日というケースも出てくる。
会館での葬儀では、翌日のお骨上げの仕上料理のために部屋を貸せない。もう、次の葬儀が始まっている。などなど、葬儀社にとって不都合なことが多々、出てくるのです。

折り合いのつきにくい菩提寺との関係は、効率を求める葬儀社からは疎ましく思う存在になり、お寺様の存在は、葬儀を行う故人と同じく、唯一無二の存在であったものから、発注先の存在となり、急な枕経にも対応してくれ、葬儀の日時も、葬儀社の都合を聞き入れてくれる「紹介のお寺さん」が重宝されるようになってきます。

お寺様の紹介の変化

当初は、「お寺さんと付き合いがないので紹介して欲しい」と言われた時、これまで近隣の地域でお葬式の際に知り合った、お付き合いのあった寺院にお願いしてきたのですが、葬儀組のやり方を推し進めてくるので、会館では「やりにくいお寺さん」になってきました。

そのうち、檀家組織が機能しなくなった都市部の寺院が、檀家獲得のために営業に動き出してきます。最初のうちは、紹介してもらった事に対する薄謝程度だったものが、だんだんとエスカレートしてきます。どちらからともなく紹介リベートの概要が出来上がってきたのです。

葬儀社側も、担当者レベルで金銭のやりとりが発生すると、どうしても、紹介、紹介と偏ってきますし、不正の温床になります。控え室でこっそり渡していたものが、「見える形にする」という事でシステム化して、「分配する」という方法に変わってきます。

紹介坊主の親分が登場

そういった時期を経て、互助会などの大きな葬儀社になってくると、同じ宗派でも数寺が出入りするようになってきますし、紹介するために各宗派を取り揃える必要が出てきます。

すると、お寺さん同士のネットワークが形成され、それを仕切る坊さんも現れ、新規参入者の可否の決定権を持ち、葬儀社との交渉や苦情相談にも当たるようになります。

このような経緯を経て、お布施の目安、リベートの割合、受注方法などが決まってきました。
この頃、サイト上で「お布施の安価なお寺さん紹介」ワードから自分たちの利益ループに引きこうもうと狙う「葬儀相談 非営利活動のNPO団体」なんて仮面を被った葬儀屋が現れます。

こうして、檀家獲得のために動いた寺院とそれを利用しようとする葬儀社の間で、葬儀がおかしくなってきます。ネットの普及も拍車をかけました。その情報に消費者も乗せられて、手間とお金をかけない葬儀を家族葬と呼び、よくわからない葬儀について、葬儀屋から身を守ろうと利用した。けど、行き着いた先が1日葬や直葬です。間違ってます。

ちなみにですね、この頃に作られた、葬儀屋自作の情報提供がバラバラなサイトが現在の紹介業者のヒントになっています。奴らが葬儀に目をつけて、まず、このできの悪いホームページでは分からないよねと、全国の葬儀業者検索システムのようなものを作ったんです。

その後、しきたりを紹介し、作法やルールを添付しだした。葬儀屋のホームページ受注を目指しながらね。そして、「葬儀屋相手に商売するより、消費者に葬儀を売り込んだ方が儲からねえ? 手数料取っちゃえよ。IT技術は俺たちが上なんだよ。売れるページは作れるし」と、葬儀屋の情報も手に入った後は、少々の宗教的ルールと商品構成さえわかればと、やっちゃったのが現在です。

ま、葬儀屋も自分のところのことばかり考えてましたし、ITに疎すぎたのも敗因でしょう。彼らに主導権を渡したのも葬儀屋です。自業自得。

気づけばネット紹介業者に主導権を奪われてまっせ

葬儀紹介業者、お寺さん紹介業者の側から見れば、「僧侶は商品」です。いくら紹介システムを構築しようが、その金額で受けてくれる僧侶がいなければ成り立たないのです。葬儀社も同じで、紹介業者からの依頼を受ける葬儀社が登録されてなければ、このようなネットビジネスは成り立たないのです。登録するから売れて、彼らの経営基盤が強くなっちゃうんです。

おじゅっさんが紹介寺になってしまった背景は、背に腹を変えれない懐事情を利用された事。一部の営利を強く求めるお寺さんの存在も加速化の一因。そして、紹介リベートを社員の収入に当てようと考えるバカな葬儀屋。そして見事にその連中の上に立った紹介業者の存在です。

紹介業者が窓口になっている以上、その優位さは外せなくなってしまいます。葬儀や宗教儀礼において、紹介業者がまず考えるのは「手数料」でしかありません。登録している葬儀屋を利用して葬儀もどきを売れば、坊さんを売れば利益が入るのです。

この問題の一番の解決は、誰もが商品に成り下がらないという気持ちと、組織が個々に同様のシステムを運用するしかないのです。万一、消費者がそれを望むなら、そんな窓口もあってもいいんじゃないでしょうか。そんな柔軟な発想を全日仏が持てれば、葬儀屋や紹介業者への不要なリベートを寺院の維持管理に回せると思うのです。

だって、モグリみたいなのもたまにいるけど、結局はどこかのお寺さんが担当しているんでしょ。それをシステム化すればいいだけなんです。宗派が違うとか、あっちは本山、こっちは末寺なんて言ってないで、もっと、気楽に考えましょうよ、おじゅっさん。

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