『海洋散骨について思う事』

自社所有のちょっとしゃれた外見の船を使って海洋散骨を行う業者は結構多い。事業者のサイトやSNSを見ると、サンセットとかクルーズとか夜景とかなんて言葉がポロポロと出てくる。散骨という弔いの儀式にこんな言葉って必要なのかなぁ。

海洋資源を生かした地域経済

こういうのを側から見ていると、バリ島で2万円以上するセットプランを半額以下に値切り倒したビーチアトラクションを思い出す。ジェットスキー・バナナボート・パラセール・ダイビングなど、いわゆるマリンスポーツという類です。

ビーチにはタバコの吸殻一つ落ちていない。スタッフは現地の方ですが、カタコトの日本語と、これまたカタコトの英語で十分コミュニケーションが取れる。そりゃそうですよね、バリ島のビーチでマリンアトラクションを経営しているのは日本人が多いのです。

スタッフに詳しく聞いてみたら、掃除をきちんとしろとか口うるさいらしく、日本流の仕事のルールに沿ってサービスをしないといけないらしい。

ビーチの権利、ジェットスキーなどの高額な商売道具の購入やメンテナンス、そして、人身事故に備えた保険や施設建設費などを考えれば、彼らが独立して行うなんて夢の話。そこを見越して、日本人経営者が現地の資源と人間を利用してビジネスをやっている。

海・観光・マリンスポーツ、そこへ観光客がやってくれば、こういったその地に合った関連ビジネスが自生するんですね。ま、お金を出す人、そこで働く人、それぞれの要素を組み合わせていくとこうなる訳で、何も悪い事じゃない。海を観光資源として活用すれば当然の話です。

で、問題の海洋散骨を行う事業者も、海に近いところに自生してくるのです。海が近い。自社で船を持っている。そこへ散骨というワードがあれば、自然に商売として海洋散骨をやろうとなりますよね。で、やり始めたら、そりゃ一件でも多く施行をしたいのは当たり前。

目の前に資源が揃っているのに山に持って行くこともないだろうし、それではロマンチックさもない。山しかなければ、そこに神秘さとか崇高感を打ち出してアピールするけど、海なら消費者が勝手に神秘さとロマンを思ってくれる。そこをうまく利用している姿勢の背景にある思惑って何だろう。

トップへ戻る