NPO法人あんしんサポートについて考えてみた

NPO安心サポートセンターの地図
NPO安心サポートセンターの地図

近い将来の、日本の縮図のようです

先日、フェイスブックから群馬県前橋市にある「NPO法人あんしんサポート」についての質問をいただきました。直葬価格が税別69,000円から可能ということで、かなり思い切った価格設定とその法人が提唱する意図と活動を支持される加入者が1,000人以上いるとのこと。

このNPOあんしんサポートについては、以前からホームページもブログも拝見しています。
地域性としては、東京から車で2時間ほど、新幹線を利用して1時間少々の立地です。過疎化と高齢化の問題を抱える都市の様子で、ある意味これからの日本の縮図と言える状況ではないでしょうか。

ブログの中でも、地元の葬儀社への事前相談の事例として、家族葬で行いたいとの希望に対しても提示される金額の基本料金部分はあまり差がなく、一般葬と家族葬の違いに対する説明も不十分で、それを商品としても確立しきれていない様子。地域の業者側がこれまでの慣習に囚われ、現在の消費者の動向、求める商品構成に対応できていないと感じます。

親元が群馬にあり、子供さんは独立して東京近隣で働いている方も多くいらっしゃる様子ですし、このような中、一般葬から家族葬へとの移行する時間をスキップし、直葬へと急加速で流れていったのではと推測します。様々な事情を抱える都市環境の中、必然的に生まれた葬儀形態とも感じています。

直葬という言葉が切ないのです

当ブログでは、葬送儀礼をおざなりにする直葬には反対というスタンスを取っていますが、直葬そのものを全て否定するつもりはありません。直葬という言葉の表現が大きな問題と思っていますし、そのワードを利用して施行を誘致しようとする業者の姿勢に問題があると考えています。

費用に不安がある方、故人の葬儀を行える家族が周りにいなくて、やむなく遠縁の親族が葬儀を行わないといけない方、これら以外にも様々な事情を抱えている方もたくさんいらっしゃると存じます。

また昨今、問題になっている孤独死についても、孤独に死ぬことについての環境問題はニュースになりますが、その方の葬儀をどうするのかについて、世間では取り上げられていないのが現状です。

そのような方々が、やむをえず直葬という一つの形式を選ぶことは致し方ないことですし、私自身もお金がなく、他に頼る者がいない状況で、葬儀を出さなければならないなら火葬のみを選択するでしょう。

ただ、願わくば、火葬のみを選択したとしても自宅でも安置できるならゆっくりと故人との時間を過ごしていただきたいですし、親族の中で相談できる、力になってくれる方がいるならば、まずは相談して欲しいと思うのです。

無理をする必要はありませんが、悔いのない葬儀をするためにも一人で背負いこまないで欲しいと思うのです。

実際、私が担当した喪家の中にも、本当に複雑な事情を抱えていた方もたくさんおられました。その心配事の主な問題は費用に関する事であり、故人が残してくれていれば問題はないのですが、実際に葬儀を行うにあたって何十万円とかかる原資がない。さて、どうしたものかとなりますよね。

しかも、葬儀なんて遠い昔に親戚のお葬式とか、おじいちゃん、おばあちゃんの葬儀に参列したくらいしか記憶にない。まさか、自分たちにその役割が回ってくるとは思っていなかったその状況をどうにかクリアしなければならない。

一部の特定非営利活動法人の実態

そんな中、葬儀社から葬儀の内容について説明を受けても理解は難しいでしょうし、一つ一つの商品がそもそも必要なものなのか、その単価は高いのか安いのか全くわからない。

そのような方に葬送儀礼の大切さや、死に対する尊厳を少しズラして、自社の都合(商品、価格)を押し付けてきたのも葬儀社のエゴだと思いますし、結果、直葬専門業者を生み出す事に繋がっていると考えます。

特に、価格、内容を明瞭に安心して利用できる葬儀社を紹介するシステムを提唱する「NPO法人」であるとか、最近ではそこから進化し、終活にウエイトを置いた「一般社団法人」などについて、その背景にある、葬儀社の宣伝と施行誘致効果を狙っての活動はおかしいと感じているのです。

「特定非営利活動法人」というワードを用いて、安心できる葬儀を紹介する団体。既存の葬儀社を否定しながら、構成する役員理事は、ほぼ既存の葬儀社の代表者や、その葬儀社に生花を納品する関連業社であるケース。

「終活コンサルタント」の資格なりを独自に認定し、しかもネット上で講習を受け、試験に合格することで名称を名乗れると謳う「一般社団法人」が行う終活セミナーにまとわりつく既存の葬儀社代表者。これらも、代表理事や役員に名を連ねています。

一部の終活業者と葬儀社のつながり

そしてこれらの団体に共通するのは、直葬でもなんでもいいから「とにかく施行が欲しい」との思いを持つ業者同士が連携し合っているということです。

これらを見分けるのは簡単です。代表理事、役員理事、それ以外にも名を連ねている方々をコピーして「葬儀」スペース「名称」と入れてググってください。

すると、まぁ、でてくる、でてくる。どこかの葬儀社の代表者として名前が出てきます。出てこなかったら、またその関連する別のNPO法人なり一般社団法人をクリックして、そこにしか名を載せてない方をワードに検索してください。

これらの、「施行誘致」を目的とする特定非営利活動法人は、「営利を目的としない活動をする」とのテーマがありますが、この言葉の持つ不思議感に消費者の皆さんは乗ってしまうのではないですか? 

営利を目的としないのは、得た利益を「利益配分しない」、「配当を出さない」だけであって、「利益を得てはいけない」という意味ではないのです。もちろん、ボランティアでもありません。

株式会社では利益が出た場合、株主・出資者に配当を出しますが、一般社団(財団)法人などは、利益として余ったお金は、翌年度の活動のために繰越して、次年度以降、さらに活動を広げて行こうとの趣旨です。

もちろん、利益からかかる経費を差し引いて、その社団法人に関わる人々の給料・報酬を受け取っても構わないのですから、一般の会社が、葬儀社が行なう事業と実態はなんら変わらないという事です。

設立趣旨は違うと思いますね

そういった意味では、NPO法人あんしんサポートさんが行っている活動は、自身の経験と地域問題における解決手法から始まったと思いますし、サポートしている団体も行政、福祉関係の方が多いので、切実な問題が背景にあるのでしょう。

代表自らが身を削り、コストを抑える努力はなかなか真似できないことですし、地域の皆さんが支持する活動と、その背景にある地方都市の抱える問題に口を挟む余地はないと感じています。実際、私たち都市部に住む者がどうすることもできなのが現状です。

個々の商品単価は確かに安い物もあり、他社と変わらない単価の商品については、おそらく仕入れ単価が高いため必然的に同価格程度になるのでしょう。それらを含めて価格を抑える事においては大変な努力も必要だと思いますし、様々なジレンマも抱えているのではと思います。

満足のいくサービスとは

「素人でも満足のいくサービスは提供できるのか」との問いもいただきました。葬儀業界の経験がなくとも、葬儀は担当できます。もともと、隣保が協力しあって行ったのが葬儀の原点ですから、葬儀をサービス業として事業としたのは後からです。

一般の葬儀社でも素人同然の者が見積もりを担当し、わかったような顔をして担当しているのも現状にはたくさんいると思います。

問題は、その会社代表者と担当者の根っこにある部分だと思います経験が豊かでも、その豊かさゆえに、その施行から得る収入によってサービスに違いが出る者もたくさん見てきました。

日々努力を惜しまない、葬儀という仕事を担当している事に自負を持ち、「ありがとう」の言葉を前進するエネルギーに効率よく変換できる者、そして自身のスキルアップのための努力と反省を怠らない者ならば、安心して担当を任せられるのではないかと思います。

そういったい意味では、その代表者が素人でも気持ちがブレることなく、親身に対応を続けることが根底にあるのならば、その辺の自称玄人より安心できるのではと感じますし、何より消費者のリピートがその結果に現れ、評価となるのです。

直葬というワードを使わない方向を期待しているのですが

一部のプランでは、遺族がいても故人を安置した後、出棺まで同席できないなどについては少し引っかかります。施設の問題からか、どのような形態で安置されているのかはわかりませんが、やはり、遺族がいるならば、一緒にいてあげる距離にいて、時間があるのならば料金に関係なく同席したい方もいると思いますし、同席させてあげるべきだと思います。

葬儀プラン別にも細かなところで、内容、対応について差別化しているのですが、やはり低価格でも葬送儀礼を大切にできる内容を考えていただきたいと願っています。また、国民健康保険から支給される5万円でも葬儀を行えるようですが、本当に事情がある方は別として、多くの方がそれを選択される状況が来た時には憂いを感じます。

やはり5万円ではできることは限られますから、葬送儀礼を大切にしようと業者が思ったら、業者が祭壇、葬具などを無償で提供するしかないのです。利益を考えたら、結局、直送のように内容を端折っていくしかないのです。

祭壇、葬具が全て設置してある会館施設については、会員の場合、無料で利用出来る。それをベースに後は、金額に応じて花を追加したりして内容が変わっていく、何て事をすると、皆さん一番低価格なプランしか選択肢しないようになりますし、販売スキルがない場合、利益が出ない事になり、結果、事業を継続する事が難しくなりますしね。

またこちらはそのような設立趣旨ではないでしょうから、消費者に訴えかけやすくランク分けに応じて内容を変えているのでしょうか。

お願いとして「だからこそ、儀式は大切だと思うのです」

しかし、事業であるならば、その方のお財布事情を勘案しながら、葬送儀礼を大切にする機会を大切にしていただく事も大事だと思うのです。故人とご縁のある方々が死について感じ、生きることを思う、命について考える機会を狭めていただきたくはないのです。

これは例え義理であっての参列でも同様だと思っています。義理で来られても、ひょっとするとその方も親御さんの葬儀に関する問題を抱えているかもしれない。明日、それが現実になるかもしれない。義理であっても参列する事によって死を考える機会になるかもしれないのです。

事業継続のために売上を上げる努力はどのジャンルでも必要なことですから、無理なく、喪家が納得の上で金額を調整する。その上でその事業に「賛同」を得る販売スキルは必要と考えています。

敢えて入口を最低価格でありながも充実した内容とし、その上でプランを組み上げていければ、お金のない方、身寄りのない方、想いを形に変えたい方、様々な事情を抱える方の葬儀に納得できる形を模索できるのではないかと感じています。起業理念さえ失わなければ、一つ一つの商品単価は安いのですからそんなにびっくりするような内容にはならないのではと思います。

私は、葬儀には絶対はないと思っています。ということは、規格にまとめることも、ある意味難しいとも言えます。結果、葬儀は定食ではなく、個別の商品の必要性と単価が理解された上でのオーダーメイドがベストではないでしょうか。それが、総額として高いのか安いのかがポイントだと思います。

亡くなった方の後の生活が大切という事は十分理解します。しかし、自分が今あるのは、親があってのことですし、その親に育てていただいた気持ちを返すため、少し、自分の欲を抑えて事前に貯蓄や保険に回す事に何の問題があるのでしょう。

事前にご相談に来られて、もし、その方の生活レベルの中で500円でも、1,000円でも残すことができるならば、そういったことをアドバイスいただければと願います。それが「葬育」だと思っていますし、その行動が、思いが葬儀の一番の根本的な部分ではないかと思うのです。

https://3kabouzu.com/post-867/

これは、先ほどの事業継続における業者、団体側にも言えることです。これまでの葬儀という文化があるから、既存の葬儀社も新たに葬儀に関する事業を行う者も営利活動を行えるのです。新たなビジネスモデルを立ち上げるのではなく、これまでの事業の問題点を突き上げて真逆の事をすれば当然、ウケます。支持されます。その極みが直葬でしょう。

立派なお葬式もできるなら、その原点を低価格の葬儀にも落とし込んでいただければ、少人数の葬儀でも死に対する尊厳を大事にできると思いますし、葬儀を憂う、遺族を思う気持ちを大切にされているなら、「葬儀告別式」の儀式の文化も大切にしていただきたいのと、事業を継続する、継承する流れの中で昇華される事を願いながら、今後の行く末を見守っております。

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コメント

  1. 森岡 茂 より:

    ブログ読ませていただきました。私も身近な家族を先日なくし、その葬儀をほんとうに家族だけで行いました。葬儀も自宅でしたかったのですが、葬儀社にあれこれと注文され、結局、地元のお寺で行い、お坊さんも実家のお寺さんにお経をあげていただきました。
    結局、普通のお葬式に近い形になりました。
    亡くした家族は20年間入院しており、世間にも出していなかったので、我々家族が元気でいなかったら、直葬になるところでした。
    いろいろな背景はあるのですが、家族にすれば、もっと遺族に寄り添っての最後のお別れができればよいのかと考えます。
    あなたが申されているのは、いろんなことを述べながら、ビジネスとして葬儀に関わる人々の蠢きへの警鐘と感じました。
    これからもこのブログを読ませていただきます。

    • 三日坊主 より:

      コメントを頂戴いたしましてありがとうございます。

      葬儀社の在り方もそうですが、葬儀に関連する人間の問題だと思います。
      宗教者もそうですし、葬儀を利ざやのネタとする人間にも言える事だと思います。

      直葬がいけないのではなく、そういった名前で販売する葬儀業者・葬儀関連事業者の心の在り方がどうかなと思っています。

      手作りの葬儀が元々の原型であり、昨今の葬儀はあまりにも軽く考えすぎのように思えます。
      そういった環境に振り回される一般の方を憂います。コアなテーマだけにコメントは大変ありがたく思っております。

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