実録! 親戚の葬儀から見える今どきの葬儀事情 第4部「見積り後編」

遠くを見つめる猫
遠くを見つめる猫

現在の環境で葬儀を考える時、消費者への情報開示も進み、巷には安価なプランが出ており、葬儀費用が安くなったように感じますが、実は底上げがきつくなっている事を痛切に感じました。皆さんが実際に葬儀を行わなければならない環境に身を置いた時に遭遇する事案です。

伯母の葬儀のおかげで、消費者の側に立った目線を再認識しました

消費者が現在の環境で葬儀を考える時、情報の開示も進み、巷には安価なプランが出ており、葬儀費用が安くなったように感じますが、実は底上げがきつくなっている事を痛切に感じましてそれをお伝えしようと思いました。この実態を書く事で、皆さんが実際に葬儀を行わなければならない環境に身を置いた時に、困らないように参考になればと思ったのです。

葬儀業界は、直葬という商品を生み出してしまったために、自分たちの首を自分たちで締めることになりました。先の記事でも書きましたが、葬儀単価の下落は、参列者の減少が引き金になっています。この時に葬儀社が、葬儀とはなんぞや。葬送儀礼はどうあるべきなのか。宗教と死の問題。そして、そこに関わる葬儀社としての姿勢を探求するべきでした。

それをせずに、これまで自分たちの価値観が当然だと思って進んできた業界。その最も顕著なのが、「死んだら葬儀屋さんに連絡して」という、消費者の行動が当たり前と思ってきたツケだと思います。連絡をするということは、知っている、または身近にある、または会員に入っているところを指していましたが、現在は違います。ネットで事前に調べています。

焦燥感で判断が鈍ります

葬儀社から言われるがままの立場で葬儀を行ってきた消費者。今回も、私がいなければおそらく、最初にやってきた葬儀社の担当者が見積もった内容、金額でいとこの兄貴は受け入れていたと思います。自分たちが許容する支払い負担額に見合えば、総額的にはオーバーであっても、疲れや、焦燥感、様々な負担感からついお願いしてしまうのです。

私が葬儀に初めて関わった時、仕事を得るのは病院からの寝台搬送でした。病院から自宅までの20分〜30分くらいの間に自分を売り込み、「今回は、この人にお願いしましょう」と、言ってもらわないと仕事にならないのですが、夜中に搬送となれば、喪家の負担は尚一層増し、その結果、疲れや焦燥感で判断が鈍るのです。この時の心理と同じです。

見積り担当者を前にして、どうせ無理を言っても受けてくれないだろうし、葬儀社のいう金額は変わらない。一つ一つの商品単価も、この担当者ではどうにもならない。要ると言われたら、要るんでしょう。とも思う。結局、何が必要で、何が不要なのかはよく分からない。今回のような素人くさい担当者でも、餅は餅屋です。一般の方では太刀打ちできません。

喪家の中には、多少、勢いを持って、大きな声で話して威圧しながら「まけとけよ」と言う方もいますが、担当者にとっては、その方より社長の方が怖いのです。明日から食えなくなる方が恐怖なのです。だから、まけた風にはしますが、絶対にまけません。込とか有料とか言われても、その基準は葬儀社によって違うので区別しにくいのです。

これまでの概念を変えてください

亡くなったら親族に連絡して、葬儀屋さんに連絡して何て、慌ててしなくて結構です。今回もいとこは、「葬儀屋を決めなくていいのか」と午後6時ごろに言ってました。警察が引き上げてからこの時点で4時間以上過ぎていますが、まだ何も決まっていません。でも、私は一言「これから亡くなったと思ったら、まだ、今からやし」と、焦らないよう言いました。

今回も、警察へ連れて行かれていたら、翌日の引き取りになりますし、ひょっとすると引き取りまでもっと時間がかかるかもしれない。火葬場が空いていないかもしれないし、どちらにしても自分たちの思いとは裏腹に物事は進まない事が多いのですから、焦って物事を決めてしまうと余計に時間がなくなって、結果、自分たちの負担が増えるだけです。

「亡くなったら翌日に通夜です」とよく言われますが、これも止めましょう。葬儀屋さんが言ってくるのは、自分たちの会館の運営上の都合もあります。早く施行を処理しないと、なんて次を考えているのです。空いているうちに終わらせたいのです。誰がなんと言おうと一日空けましょう。これが一番の方法です。そして、まずゆっくりと身内で話し合ってください。

葬儀屋に連絡するのも慌てないことです。彼らがやってきていいことは何もありません。自分たちのペース、リズムも崩れます。先ほども言いましたが、この先の時間に亡くなったとしたら、焦る必要は全くないのです。遺体を目の前にするから、どうにかしないといけないと焦るのです。連絡はいつでも取れます。24時間営業ですから葬儀屋さんは。

ただ、今回は身内に葬儀業界の人間がいたから行動をセーブできましたが、いない場合、やはり焦るのはわかります。だって、相談できる所がないですもんね。親族の長老に相談すると言ってもお金を出してくれる訳でもないし、同じようにすぐ葬儀屋さんに連絡してとか行動してしまうでしょうしね。

三日坊主でも大変だと思いました

葬儀の内容を決める際に、葬儀屋さんを相手に予算的な無理を言っても、これまでならある程度、葬儀屋は次を考えて、今回はしゃあないなと考えたのですが、現在はこれがない。喪家も焦っているが、葬儀屋も焦っている。予算のない葬儀は火葬のみや一日葬にと割り切って、それ以外の葬儀(家族葬)では、取れるなら少しでも取りたい。そんな気がします。

これからも益々この傾向は強くなっていくでしょう。葬儀社は、施行は欲しいし、売上も欲しい欲張りなんです。直葬・一日葬などというジャンルの葬儀の費用の下落は致し方ないが、通常の葬儀(家族葬)の底上げはしたいし、これ以上の単価の下落を避けたい思いがあります。その結果、安くていい葬儀はできない環境です。

さあ、困った。どうしたもんでしょう。葬儀をきちんとしてあげたいと思っているのに、業界がその窓口を閉ざしてしまうと、葬儀とは言えない安易な葬儀に流れていきます。「直葬は、反対です」の姿勢を打ち出している三日坊主としては、業界の都合で消費者が直葬を選択するしかない状況は改善しないといけないと思う。業界が努力すれば葬送儀礼を守ることができるのに、皆さんもそうしたいと思っているはずだと感じるのです。

普通に葬儀をしたかったら供養・料理は別で50万円以上出してね。という、現在の打ち出しはおかしいと感じます。これまで30万円の葬儀でも、棺も付いてましたし、一応、形は整ってました。寝台車、霊柩車(寝台車)、人件費も含めて、葬儀という形をもっと安くでできるようにしないといけないんじゃないかな。でないと、もっとそっぽを向かれる気がします。

葬儀屋さんって、結構、大変ですからね

この業界で独立を考えたことがない理由なんですが、いつ入るかわからない施行連絡に24時間、1年中自分で関わることへの恐怖感と言いますか、負担感がありました。これまで幾度か独立の機会がありましたが、どこにも行けない事を犠牲にできる自信がなかったのです。

そして、安易に施行が入るならなんでもいいという気持ちにもなりませんから、直葬なんて打ち出したくないですし、福祉葬という予算の決められた枠内で、様々な事情を抱えていらっしゃる方へ精一杯対応する方が、自分の思いには通じるところはあります。それでも24時間電話から離れられない、どこにも行けない事を犠牲にする気にはなれませんでした。

そして、この業界に長くいると、電話恐怖症といいますか、電波状態のいいところ、常に連絡が取れるところにいないといけない病みたいなのに襲われます。会社勤めならまだ業務連絡が主ですし、万一、連絡がつかなくて、急ぎの迎えに行かないといけなくても代わりがいますからなんとかなりますが、独立するとそうはいきません。折り返しができないのです。

ですが、今回の状況を垣間見ると、本当に何とかしないと消費者の皆さんは頼るところがないという現実を感じます。葬儀屋さんに頼って、相談してもそこの都合で話が進みますから、本当にそれでいいのかという問題があるのです。今回、伯母の葬儀で消費者の立場での状況を改めて経験することができましたが、なかなか大変な時代が来ていると痛切に感じます。

正直なところ、もやもやしています

何十年と葬儀の現場を経験しても、喪主に立つ、葬儀を出す側となると皆さんと同じスパンでしか経験することはありません。終活コーディネーター。葬儀コンサルタント。ちょっと聞くと胡散臭い感じもしますが、背景に自分たちの葬儀施行誘致を目的としたものではなく、本当の意味でのアシストをする業種も必要だと感じました。

一部にはこのような業務をされている方もいるのですが、自身の葬儀業界の経験が少ない事を、消費者目線という言葉に置き換えるやり方はどうかと思いますし、経験が少ないことから葬送儀礼に重きを置くわけではなく、通り一遍な対応になってしまうと、時代の流れによってその主張が変化するきらいがあります。根っこがどこにあるかは大切なことだと思うのです。

この違いをどう伝えるかは難しい問題だと思いますが、私の気持ちの中には消費者の本当の思いと、葬送儀礼を結びつける仕事も社会には必要なんじゃないかと思います。
ビジュアル的な、資格的なものがマスコミ受けするのですが、消費者が求めている問題に的確に応える専門家として、中立の立場でサポートすることが重要だと感じています。

そんな事を、今回の伯母の葬儀で感じさせられました。誰もしない、いない、自分にしかできないならするしかないか。なんて事を思っています。葬儀屋さんではなくサポートで。

私が小さな頃、母一人だったことから伯父夫婦の家にお世話になり、父のいない私にとって親代わりに叱ってくれた伯父。食事の心配をしてくれた伯母です。その、伯母の声なき声のメッセージとして感じたことを書きました。

みなさんにお役に立つと嬉しいのですが、もし、疑問や聞きたいことなどがあれば、ご遠慮なくメッセージを送ってください。三日坊主も24時間受付中ですので、ご安心ください(笑)

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