葬儀紹介業者の皆さん、質の悪い葬儀屋のマネばっかりしないで心意気を持てよ

賄賂を渡す手
賄賂を渡す手

情報を発信する怖さと責任を持った言動が、葬儀紹介業者には絶対必要だと思うのです。バカな葬儀屋を相手にするのは結構だけど、宗教儀礼や宗教が絡む案件を、そこらの葬儀屋と変わらない価値観で発信していては新たな文化は生まれないと思うんだけどな…

葬儀屋って、そんな大した金額をもらえる仕事でもないと思うけどね

私は、葬儀屋って、そんな大した仕事ではないとも思っています。古くは忌み嫌われてきた仕事です。差別的な目で見られてきた事もあったでしょう。私が葬儀の仕事を始めた頃でもそうでしたから。徳を積める人、徳を積むべき人がさせていただいている仕事と感じています。

それがいつしか、葬儀社になって、大学新卒者までもが就職するような職業に変わってきた。企業のように振る舞い、利益至上主義の上に立って、葬儀には必要な業種というか、葬儀は葬儀屋にしかできないぐらいに勘違いしているビジネスになっている。元は、葬具貸し出し業で、いわば御用聞きみたいな立場だったのにね。

そこらの葬儀社でも数十億、大手の互助会なんて数百億の売り上げを上げてしまうもんだから経営陣も大手企業と勘違いする人が多い。消費者からしても、CMなどから受けるイメージやスポンサー活動などで、いっぱしの企業のように見えてしまう。でも、その実態は家族がやっている葬儀屋となんら変わらないと、長らく業界で仕事をしていて感じます。

成長した会社の中身から、時代が後押しした分を差し引きして見つめ直すという行動を取らないといけないと思うのです。特に立派な商品を売っている訳でもない。高度なサービスを提供するための教育もしていない。就業者のスキルも低い。ただ、死体を触ってきた、嫌がる仕事をやってきただけで、これだけ大きくなったのが実際ではないのだろうかと思っています。

消費者側の意識も問題だと思う

消費者もいけないと思う。遺体に触れる、処理をする事を避けたい部分、自分たちでは無理なところもあると意識しているけど、そこは声にはしないで、葬儀金額の不透明さや、商品構成の分かりにくさを批判するだけで葬儀に参加しない。

葬儀組が機能していた頃は、葬儀はみんなで行うものでしたが、時代の移り変わりによって、参加する事からお金を出して委任する事を選択してきたのなら、まずは死ぬためのお金を準備して、業者を選択できる葬儀の知識を持たないと始まらないと思うのです。

これは宗教においても同じ。葬儀を村の外に追い出すのと同じように、おらが村のお寺さんと関わる機会も放棄してしまったのかもしれません。それは、田舎の実家がやる事、親がやる事で関係ないと。で、葬儀社がやっている事や、Amazonお寺さん便などに対して批判だけではダメだと思うのです。

そんな事をやっていると、またくだらん葬儀関連業者が「消費者の立場に立って」なんて言いながら、葬儀や宗教を食い物にする商売を始めるだけですから。結局のところ、何も参加しない事がビジネスチャンスを与えているんです。

自分でできないけど、自分が賢くなる事はできます

葬儀を始めるには免許も許可もいらない。なので、葬儀社に対する不信感から「DIY葬」なんてやる人も出てくるけど、綺麗な遺体ならまだしも、損傷の激しい遺体なんて触れるのかな。無理だと思う。だから、葬儀屋に任せるんだろうと思うし、お金で済ませるしかないんじゃないかなとも思います。

なら、必要なお金を、必要なだけ出すべきだと思うし、葬儀屋にぼったくられないようにというか、不満の残る葬儀にしないために、それを見極める知識や知恵を学ぶべきではないかなと、別の角度から葬儀に参加する言動は必要だと思います。それは、宗教や葬送儀礼を省くことではないと思いますし、儀式を費用だけで判断する価値観でもないと思います。

もちろん、どうしても費用を工面できない方もいます。福祉での葬儀を選択せざるを得ない方もいらっしゃいます。これらは、葬儀業者がフォローしないといけないと思うのです。どのような金額であっても、葬儀に必要とされる最低限のものを提供する「心意気」がなくなっている。福祉葬専門業者が口を開けて待っている様は、生活保護ビジネスとなんら変わらない。

葬儀屋も、福祉葬でも決められた内容を遵守するべきで、直葬なんて商品を提供して葬送儀礼を省くのは間違っていないかなと思います。そして私たちもお金が必要なら、毎日の生活の中から少しでも残す努力も終活だと思います。結果的にそれが1万円しか貯蓄できなくても、その1万円分で出来る、お花やお供物をする気持ちが供養ではないかと思うのです。

こんな葬儀屋の価値観をマネなくてもねぇ、葬儀紹介業者の皆さん

私は、紹介サイト運営者が自らの理念としている、葬儀における「透明性の追及」や、「消費者への利便性の提供」を目的としているなら、本来は、自分たちで葬儀事業を立ち上げるべきだと思っています。

その足がかりとしての葬儀紹介業務であり、既存の葬儀社をコントロール下に置いて、稼いだ資金で大手葬儀社に対抗して、自らが理想とする葬儀社として抜きん出るなら、それは、アリかなとも思いますが、彼らは、利ザヤの商売だけで終わりそうですよね。

ならね、バカな葬儀屋を相手にするのは結構だけど、宗教まで、宗教的な行為まで無責任に関わるんじゃねえよと思います。宗教儀式に関わる事まで商品にしちゃダメだよ。あなた方が理念としてあげている言葉は、腹黒い葬儀屋が、親切そうなメッセージをホームページで発信しているのと同じ価値観ですよ。

離檀なども絡むお墓の問題にも手を出すし、宣伝のためにAmazonまで利用してなんて行動を取るところもある。葬儀において宗教が大切であり、なおかつ、その宗教者の浄財の手助けのためにって言うなら、そこからリベートは一切取らない「赤字商品」でいいと思う。今だからこそ、そんな事を勇気を持って宣言する紹介業者の方がかっこいいと思うけどなぁ。

元々、葬儀屋を相手に利ザヤを稼ぐ商売が、いつの間にか葬儀業界のYahooやGoogleになったみたいに勘違いしているど、あなた方がやっている事は、結局、消費者に余計な負担(リベート)をかけるか、それを受注する業者がリベートのために葬送儀礼を省く事でしかバランスが取れなくなっているって事、理解しているよね。

利益を上げている世界は、あなた方が作ったものではない。これまでの業界の隙間と油断に入り込み、成り上がってきただけ。いわば、人の褌で相撲を取っているようなものです。葬儀や死を大切にしない消費者にも問題はあると思いますけど、そんな衆生を間違った方向へ誘導するんじゃなくて、もっと心意気を持った情報を発信してほしいなぁと、切実に思います。

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