葬儀屋、いや人として一番大切なもの、それは気付きだと思う | 直葬は、間違ってます by 三日坊主

葬儀屋、いや人として一番大切なもの、それは気付きだと思う

人によって大切なものと定義するには違いがあると思いますが、私は気付く事が自分の中では一番に考えています。気付く事によってアクションも始まるし、相手に対する配慮も生まれるでしょう。そして仕事上での役割を遂行する、なりきるには重要な要素じゃないかなと思うのです。

葬儀の場合

新卒採用も増え、葬儀学校などもあるこの業界だけど、この仕事を始めるのに特別な資格は必要ない。必要なのは、どんな状態の遺体を見ても触ることができる精神と、夜間の度重なる呼び出しや当直勤務による睡眠不足と不規則な生活に対応できる体力。そして人の心を読むための気付きだと、私の経験上ではそう思います。

第一、葬祭業を始める事すら資格など必要ない業界。仮に葬祭ディレクターの資格を取得したとしても、基本的な人間性はなんら変わらない。しかし、この資格が生まれた事で、それまで勘と経験によって成り立っていた現場の意識を底上げしたのは事実です。

葬儀会館での施行が圧倒的に増えた今と違い、その頃は自宅や集会所・寺などで行う外施行が主流で、葬儀施行においては何事も勘が命。飾り付けをする空間を見て、高さが何尺か、横幅は何間なのかと、目で見て尺と間で現場と待機組とで伝え合う世界でした。

花屋やテント屋に発注するのもこの尺貫でしか通用しない。メジャーで測れば早いけど、見積りカバンや車にそんなものは入っていない。全て経験による勘と目安で判断するしかなかったのです。

寝台料金にしてもしかりで、料金発生の仕組みも理解せず、18キロ走ったけど面倒くさいから10キロの基本料金でいいですとか、大阪から関東方面への寝台搬送依頼の問い合わせがあれば、実走距離料金に空走距離を上乗せして、要は倍料金を見積りするなんてのもざらでした。

しかし、この資格取得のおかげで葬儀の歴史・葬儀用語・葬祭業としての在り方に一石を投じて「勉強する」という環境を生み出し、無知の世界に決まり事という、若干の法的要素も意識するようになったのです。

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