『葬祭事業者任せの葬儀簡素化』センセイ〜地元は大丈夫ですか?

ハスの花
ハスの花

昭和の初めの新生活運動。冠婚葬祭を簡素に行い、費用の負担を減らしましょうと取り決めを作成し、地域住民全員でお金持ちもそうで無い方も遵守してとやった訳です。国を挙げて推進したこの運動は形骸化したけど、今こそ、その理念を葬送儀礼に生かすべき時代だろうな。

質素の趣旨がズレた?

新生活運動と現在の家族葬。このどちらも同じように費用の負担を減らそうという趣旨なんですが、その違いは国を挙げて取り組んだものなのか、事業者任せにしているのかの違いがあります。儀礼を大切にするための質素化と、コストや手間を省くためだけの質素化は全く意味が違うのです。

新生活運動に関しては、戦後の国民生活設計の合理化、特に冠婚葬祭を簡素化しようという事で、昭和20年代には地域の青年会、婦人会の行動の枠を超えて政府や経団連が推進を図るほどの動きだったのです。

当時の葬儀は、現在のような派手な生花装飾と過剰なサービスによって金額を引き上げるのではなく、葬列のための人夫にかかる費用も負担が大きく、また大阪では葬儀に関してかなり深く行政が関与していましたので、金額と提供する内容が違い、不当に高額な請求をする業者を排除する意味でも官民挙げてこの運動が高まった側面もあります。

30年代に入ると総理府・総務省の認可を受けて公益法人新生活運動協会(現在は、明日の日本を作る協会)が設立され、各市町村の協会への指導が行われる事になりました。その延長線上の動きとして、一部の地域では自治体による直営の葬儀社ができたりして、民間の業者が廃業に追い込まれる事態もありました。

もちろん現在とは時代背景も違い、当然、この運動も戦後の復興により景気が上向きになっていくにつれ徐々に下火となり、形骸化していきます。また、自治体の直営する葬儀社はそのサービス面でのあり方が消費者に受け入れられず、代わって指定業者による低廉な葬儀が行われる事となり、市町村の規格葬儀へと流れていく事になります。

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