葬儀屋さんの仁義なき戦い、静かなる大阪抗争が勃発じゃあ!

トンネルを歩くマフィア
トンネルを歩くマフィア

大阪府豊中市に京阪互助センター(玉泉院)が葬儀会館の運営を始める。すぐ近くにはベルコの本社があり、結構、しびれる場所にオープンをするもんだと。そんなところへ会館を建設する互助会の事情とは何かを探ってみる。

えらいこっちゃ、本家筋が縄張りを超えてきた!

大阪市北区に本社を置く、玉泉院で有名な株式会社京阪互助センター。古くは、結婚式で新郎新婦をゴンドラに乗せてドライアイスの煙?の中から登場させたりと、当時では斬新なアイデアで人気を博した互助会の先駆け的な存在です。

その玉泉院が、ベルコが本社を置く池田市のすぐ隣の豊中市で、ラブホテルが廃業した跡地に葬儀会館を建設し開業する。

隣の市と言っても、直線距離にして700メートルほどの距離。西側の始点がベルコ本社。東側の終点が玉泉院の会館。ベルコ葬祭本部のあるこの地区には、ベルコの葬儀会館は無く、阪急蛍池駅から徒歩数分の良い場所で商売を始めるって、ケンカ売っている感じがしますね。

これまで、全国の互助会はそれなりにお互いの縄張り(テリトリー)を侵食せずにやってきた。いわゆる営業エリアと言われるもので、自社の営業エリア外に自社の会員が引っ越し、または、エリア外で施行を行う際、「移籍処理」を行い、送り出し側の互助会が了承すれば、移籍先の会員証に置き換えてその役務も使用することができた。

ただし、送り先側がNoと言えば(みすみす他社に施行を渡したくない)無理なのですが、基本的にお互いに受け入れをしてきたし、その代わりと言ってはなんですが、お互いのエリアは侵食しないとの暗黙の了解みたいなものがあったのです。

その慣例をぶち壊してまで施行を取り合う事態が勃発するという事です。これこそ親の名代としての戦い、仁義なき身内の争いが始まっていると言ってもいいのではないかと思ってます。

ご兄弟の歴史と互助会のシノギあい

昭和30年代に、京都で有限会社京都市冠婚葬祭互助センター(セレマ)を立ち上げた創業者 齋藤近次郎氏は、その後、阪神互助センター(ベルコ)、京阪互助センター(玉泉院)、互助センター友の会(東京を中心にした互助会)を相次いで設立しそれぞれ会員を募集した。

昭和53年3月に齋藤近次郎氏が逝去してからは、各互助会は独自の道を歩みだす。長男が継承した京阪互助センター(玉泉院)は、会館建設にコストをかけて豪華な箱物を作る傾向があり、次男が継承したセレマは、労働組合(現在は解散)を認めるほどの寛容さがありました。

一方、ベルコを継承した三男は、一番のやり手ではないかと思う。互助会として日本一の売り上げを誇るし、北海道の互助会を吸収合併しほぼ手中に収めている他、日本各地の互助会を吸収合併し、全国的に見てもこれだけのネットワークを持つ組織はない。仕入れコスト、人件費コストを極力抑えた委託契約システムを作り上げたのもこの方です。

現在ではベルコを始めとして、互助センター友の会・京都のセレマも経営し、また、葬祭業者として初めて生命保険会社を立ち上げるなど、互助会最大手となっています。

一方、大阪発の互助会はどうなん?

大阪にも平安閣グループの「大阪祭典」が活動していました。ほぼ同時期の創設でしたが、大阪は地元業者が強く、施行数を伸ばすのに時間がかかっています。その後、バブル期の絶頂期に株投資による多大な損失を出してしまい、あわや倒産かとの事態が発生しました。

この救済に名古屋の愛知冠婚葬祭互助会が乗り出した事は有名な話ですが、一般にはあまり知られていません。当時、名の知れた互助会が破綻したとなれば、全国の互助会事業継続に与える影響は計り知れず、まさに潰す訳にはいかなかったのです。

堺市にも堺市冠婚葬祭互助会(現セルビス)がありました。セルビスは事業立ち上げからトラブルに巻き込まれ、他の互助会より出遅れた感があります。地元の生花店や貸衣装屋さんなどと協力体制及び出資などもあったのですが、やはり、施行数の少なさ(要は、儲からん)からそれぞれが離脱しました。現在は、堺市エリアを出る事なく生き残っています。

瓜破斎場の近くに本社を構える仏光殿セレモニーユニオンも互助会免許を持っていますが、互助会事業は行ってません。後発事業者として会員募集を行うのが難しかったと見えます。

総じて言えば、大阪市内での互助会進出を最初にせず、兵庫県西宮市、尼崎市あたりの阪神間を中心として始めたベルコ。先代の経営基盤を継承し、京都を中心に抑え込む事に成功したセレマ。そして大阪中心部を避け、大阪府下各所に事業所を展開した事で地道に勢力を伸ばしてきた玉泉院の齋藤一族に軍杯が上がり、他の互助会はそこまで成功を収めれなかったのです。

時代はサバイバル状態です

同族の互助会をはじめとして、他互助会もお互いのテリトリーを侵食しあう事は避けてきたのですが、その口火を切ったのは日本セレモニーかもしれません。下関市から互助会を始めて、なんとか齋藤一族が天下を取っている関西へ進出したい。齋藤一族に追いつけ、追い越せを願う神田氏の思いから暗黙のルールを破ったのかもしれません。

この辺りから、あっという間に様々な互助会、葬儀社が入り乱れ、戦国時代を迎えることになります。自互助会の会員を他互助会に移籍することなく、自社ブランドで施行できる強みは代えがたいものがあるので、多少のリスクを冒してでも全国へと支店を展開していく。

正直、互助会側も飽和状態を分かっていますが、それでも入り乱れます。消費者にすれば業者を選択できるのはいい事ですが、施行内容・単価においてもそれほどの違いがある訳でもない。そして、互助会の会員プランでの葬儀はそんなに安くないんですよ。

ますます複雑化する葬儀の項目

直葬や1日葬が出てきた事によって、一般の家族葬と言われる葬儀形態では、逆に費用を落とさない傾向が出てきています。我々、庶民に対する一定額の低価格葬儀を提供する代わりに、そこから上のプランは、ぐっと値段が上がります。

「必要とされる項目」の単価は上がってくるでしょうし、これまでセットやコースという名の下に含まれていた商品も、そこから外されて一つの単価を持つ商品になっていきます。

葬儀業界は、絶対に施行単価を下げたくありません。相談に乗ってもらって安く施行してほしいとお願いしても、低額な自由プランはなかなか受け入れてくれません。高額な自由プランはどうぞどうぞでしょうけど。

今回の玉泉院の進出は、そんな葬儀業界の苦しさを垣間見る事態だと私は思っています。そんな時代だからこそ、みなさんが真剣に葬儀を考える機会を持っていただけるよう、今後も三日坊主は情報を発信し続けますので、わからない事は遠慮なく相談や質問をください。

もちろん、無料です!

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