『独立系 小規模 葬祭事業者』は生き残れません、と言い切っちゃいましょう

ゴミの中に捨てられている地球儀
ゴミの中に捨てられている地球儀

自然淘汰。この地球上にはそういった能力があると思う。人間が始めた小賢しい事で面倒な事態になっても、いっ時の流行りはあっても、不要なら自然と淘汰されていくと信じています。この先、葬儀のカタチがどんな風に変わって行くかわからないけど、本物だけが残る心豊かな世界であってほしいと願ってます。

皆さんの独立の理念と初心はどんな思いなんでしょう

三日坊主は葬祭業を独立して営んでおりません。長い年月の間、この仕事に関わってきて何度か独立する?という機会はありましたが、そのタイミングの度に時代背景は変わっており、躊躇する事ばかりでした。

独立?という事で一番引っかかるのは、葬祭業って勤めている環境ですら24時間縛られるし、小さな自由はあるけど、まとまった自由は取りにくい仕事です。その上で独立すれば休日というものがまず無くなり、休みを取れても遠くへ行けないし、近場ですぐに駆けつける環境でなければならない。そんな不自由に耐える自信がなかったのです。

それを犠牲にしてまで大志を抱くだけの業界環境でもないと思ったのもありました。何のために葬儀屋さんになるのか? これに理由が見当たらなかったのです。

葬送儀礼文化を後世に残す? 葬儀費用に困窮する方の味方になる? 大きく儲けて贅沢な生活をする? 自己実現を叶え、名声を得る? 人として魂の修行のために小さくても成功体験を実現する? このどれもが心を動かす要因にはならなかったのです。

葬儀の仕事は好きだし、人と話し、その気持ちを汲み取ったり、相手の事を思って配慮する事は自身でも天職とも思えるのですが、これも経営という縛りがないからできる事であって、利益という足かせを持つと、理想を実現することがより一層難しいと感じてしまうのです。

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