その葬儀・法事については、本山がご紹介いたしましょう

なぜ、今回は深キョンなのか。その訳をお話しする前にFacebookで見かけた「本山による菩提寺の紹介・遠方の菩提寺との仲介」からお話ししないといけません。そのやり取りの中で「座布団一枚」と感じたコメントがあり、そこから深キョンになっております。

なお、著作権等により写真はAmazonアソシエイトのリンクを使用しておりますので、深キョンがお好きな方はクリックすると購入できます。(ちなみに写真は、深田恭子 写真集 『 Nu season 』です)

お手間を取ってくださいます

菩提寺から遠方に住む方や、菩提寺との関係がない方などへ、住まいの近くの同宗派の寺院を紹介したり、遠く離れた菩提寺に代わって仏事の代行を依頼できる寺院を仲介してくれる本山がある事を、Facebookで拝見しました。

その本山は、京都市東山七条にある真言宗智山派の総本山智積院(ちしゃくいん)。

総本山智積院について

智積院(ちしゃくいん)は真言宗智山派の総本山であり、京都市東山七条にあります。
私たちの宗団は、成田山新勝寺、川崎大師平間寺、高尾山薬王院の大本山を始め、東京都の高幡山金剛寺、名古屋市の大須観音寶生院を別格本山として全国に3000余りの寺院教会を擁し、総本山智積院は全国約30万人にのぼる檀信徒の信仰のよりどころとして総菩提所、総祈願所と位置付けられています。

高野山から根来山、そして京都に続く智積院の歴史はこちら

他の本山では?

コメントを拝見している中で、おおよそこれまでになかった行動であると聞き、早速、サイト上で主だった本山を調べてみました。ある本山は、

まず、菩提寺に相談することをおすすめいたします。寺院によっては遠方でも、お宅に参上して法事を営む方もいらっしゃいます

それが不可能の場合は、近所の寺院を紹介して頂ける場合もあるかと思います

と、やんわりと菩提寺と檀家の関係を崩さない(ナワバリ争いでモメない)よう配慮した案内を載せていました。

また、これもかなり有名な本山ですが、ここでは引越しするので紹介してほしいとの要望に

所属寺院の直接紹介は致しておりません。まずは、菩提寺で紹介を受けていただくことをおすすめします

と、一切関わりは持たない。菩提寺と檀家の間でやってくださいと、わざわざ「よくある質問」のところで例題として載せていました。

確かに菩提寺の元に集う檀家は勝手に改宗もできないし、その住職が嫌いだからといって同じ宗派の別の寺院に葬儀や法事をお願いする訳にもいかないので、そのような事に本山が関わる事を避けるというか、感知しない理由もわかります。

しかも、本山・宗派を知っていただくためのサイトですから「生きるため」に悩む方や、「これから生きて行く」道を模索するなど、まず生きる上での人としての悩みや不安の解脱の依り代としての存在がありますし、仏教が葬儀だけのために存在している訳ではないので、ある意味で止むを得ないとも思います。

しかし、実際の葬儀の場ではこんな事もよくありました

昭和の30年代、40年代に、九州などから就職のために大阪へやってきた方が家庭を持ち、家族が増え、子供も成人し、自分も仕事を引退した。勤め中も退職後も田舎にあるお墓には欠かさずお参りもしてきた。その本家には、その方の兄が家主としていたが昨年亡くなってしまい、今はその長男が家を継いでいる。

そんな時に突然、大阪に出てきた方が亡くなると、さあどうするとなる訳です。

Q:本家に連絡をしても甥っ子が家を継いでいるからお寺の事はよくわからない。

A:①喪主・施主が菩提寺に直接連絡を取り、相談・アドバイス、紹介の可否を伺う。

A:②葬儀屋が無理やり紹介に持っていき、リベートをもらう。

①の場合、菩提寺の住職が「遠いのでそちらで」と言って、大阪に知り合いの寺院があればそこを紹介するケースもありますが、そこまで全国各地でお寺さん同士での付き合いはありませんので、まずレアな事です。ほとんどは葬儀屋さんに頼む事になります。

で、葬儀屋さんから紹介された住職でも菩提寺公認となりますから、後々揉める事はありません。紹介といっても実際は、これまでの施行で懇意になった、この方ならと思えるご住職を紹介してもらえるケースと、葬儀屋へ営業へ出向き「紹介してね」と活動する方や、はたまた組織化しリベートがバンバン飛び交う方まで様々ですから、ここは注意するところです。

②の場合になると、後々これが原因で厄介な事が起こります。特に先祖代々としてのお墓・墓地があり、故人も生前にそこへ埋葬される事を望んでいた場合、これが叶わなくなります。

急に納骨を知らされた住職は、その方(本家の次男)が亡くなった事も知らされていないから、まずそれを受け入れられない(関係により大きな不義理になる)。次にその方を供養するための「道筋」を自分が行った訳ではないので、これも受け入れられない。

お布施が寺に入らなかったとかの解せない話ではなく、やはりご住職としては、その地で寺院を守り維持する中での檀家との付き合いや歴史もありますし、その檀家の引導作法なり、戒名・法名なり、血脈なり、守らなければならない繋がりがあるので、それを自らが行なっていないのはまず受け入れが無理なのです。

今回の本山がお世話くださるのは、ある意味で画期的です

 智積院のように、本山が各地の菩提寺と檀家の間に入って仲介してくれるというのは、上記に上げた問題がなくなります。皆さんは、誰に、どこに相談してもいいかわからないから葬儀屋に相談する訳で、その葬儀屋も全てが善良な訳でもない。邪な考えを持つ担当者に当たれば最悪な結末が待っているだけです。

檀家にしても不義理をせず、本家の 小煩い・気難しい 住職との関係も爽やかに保たれます。また、分家の葬儀の際に、喪主は葬儀後に起きる不具合な出来事を全て把握しながらも、その関係を断ち切るために「えいっ!」と改宗されてしまう、もしくは無宗教で葬儀をされてしまう、などの事も防げます。(これまでの実際の葬儀の現場であった事です)

そして、宗教の意義や葬送儀礼などをぶっ飛ばしてでも利益を得るために狂喜乱舞する、葬儀紹介ブローカー達がやっている僧侶紹介サービスの撲滅にも繋がります。また、葬儀屋へ営業に回らないといけない、紹介業者へ登録をしないといけない、止むを得ない財務状況にある末寺の現状へ本山が目を向ける事にも繋がります。

どこにいても檀家が檀家として存在する事が、本山として教義を守り伝えて行くには大切な事ですから、宗門全員で先人の教えを守る事にも繋がります。宗門全体から宗教界全体と繋がる、これまでの慣習を打ち破る大きな一歩と評価されるべき行動でしょう。

ただ、このような動きを市民の目線に近付けて、興味や関心を持ってもらうための仕掛けが弱いところがあり、それを危惧される方のご意見として、若い方も関心を持っていただけるような手段はいかがなもんだろうとのご提案に、失礼ながら「座布団1枚」と感じた訳です。 

本山の告知っても、ウェブサイトを見る人なんか限られますからね…。
うちは仁和寺ですが、桜の開花情報と旅行関係で見る人はいるでしょうが、檀家で仁和寺のサイトなんか見る人がそもそも…状態ですしね。
檀家向けの、読みやすい、一般人にも興味をひきそうな配布用ガイド冊子などあれば良いのでしょうが…表紙に深田恭子とか深田恭子とか深田恭子を起用して、本山探訪やインタビュー記事も載せてみたり。そしたらうちは無駄に300部は買いますよ。

天平18年創建の真言宗御室派・医王山福楽寺 住職 原田智秀様のコメントより

「うまい」仕掛けが必要です

ちょっと話はズレますが、自動車業界でも車に乗らない若い人へ様々なアプローチを行なっています。残価設定リースやカーシェアもそうですが、これまで全てを購入しないと乗れなかった乗用車を購入しやすくしたり、安価に気軽に利用しやすい環境を整えてきています。そうしないと国の基幹産業でもある自動車が売れないのです。

また、公営ギャンブルとしての位置にある競馬・競輪・競艇なども、これまで男の世界、博打場とのイメージを払拭し、女性目線のプロモーションを積極的に行なっています。様々なイベントも行なっていますし、子供が喜ぶものも多い。結果、親子連れでの来場も増えつつあり、一つのお出かけスポットへと変貌しようとしています。

私も深キョンのファンですが、このようなイベントなどでも深キョンだけではなく、様々なイメージキャラをいい意味で導入線とするのはありだと思います。そのファンが関心を持ちますし、マスコミも報道しやすい。要は、タレントもマスコミも使い方ではないでしょうか。

イベント仏教は違います

私は、イベント仏教が必要とは決して思っておりません。バーを開いたり、ロックをする方にはそれなりのお考えもあるとは思いますが、私は違うと思っています。

過去にシンセサイザーで法話をしているご住職のニュースを拝見した事がありますが、そんなところへ若者が行くとは全く思わないし、檀家さんも「若がまた変わった事してはるね」ぐらいにしか思っていないと信じています。ポイントがずれていると思いますけど、されるのはその方の自由です。

若者が関心を寄せる方がお寺の歴史を語ったり、そこに心の豊かさを求めていたり、そこから先を匂わせるような仕掛けが必要だと思うのです。見世物ではいけませんし、偽物もいけない。インパクトのある意外性です。これを安易にタレントに求める事がベストとも思いませんが、歴女として有名な杏さんが発言する事で、新たな歴史好きな女子が増えるきっかけを作るようなものとお考えください。

かと言って、狂信的な新興宗教に飛び込んで行くようなタレントでは皆が引いてしまう。そして、拝金主義も自己満足系も絶対ダメ。心、精神世界へ誘う、階段ではなくエスカレーターのような、誰もが気付かないうちにそっちを選択するようなものと言えばいいでしょうか。

その情報を伝えるのもSNSだけではなく、もっと消費者目線に降り立っての発想が必要ではないかと。これだけ様々な価値観が飛び交う上に希薄な世代に対して、待ちだけでは本山は観光スポットでしか無くなってしまいます。

当時の老若男女の全ての方が関心を寄せた、スーパースターであったであろうお釈迦様は、その存在がありがたく、その方に触れたい、言葉を聞きたいという純粋な気持ちで多くの皆さんが集まったはずだと思うのです。

同じように個々のご住職にも魅力ある素敵な方はいますし、寺院単体で敷居を下げる努力を行なっているところもありますが、情報過多の現代ではそれは埋もれてしまう。なので、宗門全ての力を結集し、同じ方向を向いてエネルギーを発信しないといけないと強く感じます。

富める寺院とそうでない寺院の垣根を省く事ができるかどうかも、本山の力の見せ所じゃないでしょうか。全日仏頼りでは何も進展しませんので。

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