『身寄りのない方の葬儀』それこそ寺の出番じゃないの | ページ 3 | 直葬は、間違ってます by 三日坊主

『身寄りのない方の葬儀』それこそ寺の出番じゃないの

戦争で命を落とせば英霊で、年老いて死ねばモノ?

戦争で亡くなろうが、寿命で亡くなろうが、国民の死を悼むという、何らかの平等な祀り方って考えが無いのかねえ、この日本という国は。靖国神社に祀られた方々には首相を始めとして国家を運営するお偉さん方が参拝してくれるし、玉串まで奉納してくれるのに平民には何もない。

唯一、関心があるのは選挙区の名士や一票に関わる人の葬儀くらいで、大半は政教分離という大義名分で葬儀は個人任せ。関心が無い上に献金を貰う、はたまた天下り先であったりする葬儀業界を規制しようともしない。

結果、金があれば派手にやれ、金がなければ焼くだけにしておけという法的縛りを受けない葬儀業界のルールに沿って国民の死は処理されていくのです。

で、問題は仏教会なのです。これまで申し上げてきたように、国はあてにならない。葬儀業界もやりたい放題。三権分立の各長にしても、だ〜れも気にしてないし、考える気もないのですよ。このような状況下で孤独死や身寄りのない方の葬儀に救いの手を差し伸べる事ができるのは仏教、すなわちお寺じゃないのかなって。

英霊ではない御霊を、この国を支えてきた貴重な命を尊厳を持って供養し、施行する事ができるのは地域のお寺じゃないかな。自治体と協力しておじゅっさんが自発的に葬儀を行えば葬祭扶助の費用(約20万)はあるので、寺が負担をする必要もない。

仮に身寄りのない方が病院で亡くなっても、自宅で孤独死をされても、寺まで葬儀屋に搬送だけさせて、後は葬儀屋に代わって寺が葬儀を施行すればいいのです。死んだ方を触るのが嫌だ!という方は納棺まで葬儀屋に頼めばいい。(悲田院の精神ならそんな風には考えないでしょうけどね)

要は、葬祭扶助の申請者とその受け取り口座をおじゅっさんがすれば体制的に国も自治体も納得するし、国費の有効活用にもなるし、檀家制度の崩壊で葬儀ブローカーへ僧侶派遣に登録してまで「教えを守らなければ」と躍起にならなくて済む。そして、故人も気兼ねなく送ってもらえるので、みんな◯。

どうか全国のおじゅっさん、庶民の困った事情に目を向けてお力になってもらえないものでしょうか。その上で葬儀屋のようにこれを単にビジネスにはしてほしくはないので、「国民の命の祀り方」の入口と出口を構築する方向へゆっくりと進んでいただきたいのです。

そんな足元にこそ仏教の教えの本質が存在すると思うし、僧侶としての生き様としてご自身もやりがいがあるのではと感じます。

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