最近のお坊さん、葬儀屋さんって字が汚いネ

PC全盛の時代だからこそ、読み書きは大切ですね(自戒を込めて)

まぁ、勝手な意見ですけどお坊さんは字が下手ではあかんと思うのです。塔婆や墓標など、そういったお金のかかる素材に一発勝負で書くという環境はあり、そこそこ書ける方は多いと思うのですが、最近ではこういった塔婆や墓標の文字もプリントアウトして終わり。法話はSNSで発信。これではありがたみがないし、上手くなる訳がない。

美しい字で書かれた戒名を満中陰まで目にするとありがたみを感じますが、どうも引っかかる文字で書かれた位牌に手を合わすのは供養の心を削がれる気もしますし、まして印字したプリントシートなんかで位牌を作成された日にゃ目も開けられない。なので、より一層の修行に励んでいただきたいとの願いはあります。

葬儀屋さんもそこそこ字は書ける方が、書けないよりははるかにいいと思うのです。そのために私はよく焼香順位の清書を行なっていました。人によっては間違った場合に責任を負わされるから、そういった事には関わらず喪家に任すべき。とのスタンスが多かったのですが、下書きと清書した物を喪家に渡す際、あくまでも書き写しただけですのでと、必ず確認をしてもらう事で回避できると考えていました。

もちろんお金をいただいて書くのではないのですが、筆ペンで書く練習にはもってこいですし、人様に見られるという環境が真剣に書く事に繋がります。またそれが修練には必要なんだろうと思っています。ただ、書き続けていないと文字は下手くそになりますね。これが自戒の意味です。

PC全盛で、葬儀に使用する札関係などは全てプリント可能ですし、名木もカッティングシートで貼り付けて終わり。このような環境下では、急な供花の追加があってもプリントできない時間なので花だけ献上して名札無し。なんてのもよく見ます。

こんな時、普段から書き慣れていると間に合わせでとりあえず芳名は上げれますし、翌日、差し替えれば済みます。献上される方、喪家、それに遺族・親族への根回しと言いますか、きちんと事情を伝えて、一つだけ書体が違う花があっても了承していただく事で物事も収まるのではないかと思うのです。

もちろん恥ずかしい字では出せません。供花代金を貰える、最低限の文字を書ける努力は普段から必要なんですね。

字は体を表すという事、そして、葬儀の形式が変化(私はバケモノ化していると思いますけど)しても、この世に姓名というものが有る限り、必ず関わっていかないといけないので時代的にはPCのスキルが求められるでしょうけど、懐ろ刀によく切れる技を忍ばせている方がかっこいいと、私は自戒を込めて思います。

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