最近のお坊さん、葬儀屋さんって字が汚いネ

「よき人生は、日々の丹精にある」との習字
「よき人生は、日々の丹精にある」との習字

私は弘法大師空海が大好きです。この方は書も天才です。先日、ブラタモリで空海が残したという国宝の書を見たけど、どうしたらこんな字が書けるのかなと感服してしまった。そんな折、久しぶりに手書きの葬儀案内看板を見かけたら、こりゃひどい字で当家名が書いてあり、気にしないのかなぁと思った次第です。

『ブラタモリ高野山を歩く』 やはり、弘法大師空海はスーパーマンだ!
空海が平安時代にひらいた、真言密教の修行の場である高野山を取り上げた番組が、深夜に再放送されていて偶然見ることができました。こういった番組から興味や関心を持っていただくのも大切な事だと思います。

うまいと言われる字を書かないといけなかった時代背景

葬儀屋さんで文字を書くといえば、葬儀の看板と言える故人の名前を記した名木から式場の案内板、そして焼香順位帳の記入、お布施や香典の袋への代筆などがありました。見習い小僧の頃は分厚い電話等に「御布施・○○家・弐拾萬圓」などと、筆ペンや墨汁でよく練習したものです。

当時は存在感を示していたこの名木というものは、檜の無垢板で長さは10尺(約3m)以上、厚さは2寸(約6cm)ほどあり、ドーンと鎮座するその存在は、そこに立ててあるだけで儀式の重厚感を醸し出していました。

これ、多くは葬儀の花を収める生花店が担当していて、全て手書きです。書き直しなんてできないので一発勝負。これを書けるのは生花店でも限られた人達で、葬儀の規模が大きくなる、ま、お金が出ている葬儀の場合は「あいつに書かせろ」と、指名が入るほどの名誉ある作業でした。

生花店にこの名木を発注すると、長さと厚みによって金額が変わります。通常で1万円ほどで、立派な名木を発注すると2万、3万円とかかるわけです。もちろん、きちんと遺族には請求をします。通常で1.5〜2万円、立派なものですと、その他の装飾も含めて「表飾り一式」として5万円や10万円と、しっかり利益を乗せてます。

私が初めて勤めた葬儀社はこれを自前で持っていまして、製材所と同じカンナまでありました。通常は削って表面をキレイにした名木を現場に運び、生花店が来たら「これ、書いといて」となるのです。

しかし、忙しく手が回らない、今で言うところの家族葬規模の葬儀など、人並みの仕上がりでいいとなれば社長が「誰か書けるかぁ〜」と吠える訳です。書きたいけど失敗すればかんしゃく玉が炸裂するので躊躇するのですが、社長がいない現場ではチャレンジです。この下地を積むのが、当時盛んに出ていた供樒の名前を書くことでした。

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