ネット批判は厳禁ですが、DIY葬についてあえて批判します

ハンマーとかの道具
ハンマーとかの道具

 DIY葬を行う方。DIY葬を進める方。安易に葬儀社や業界を批判して自分たちでやった方が安く済む。なんて本音を「自分たちの手で真心込めて送りたい」という言葉で包むことなんてないでしょうね。綺麗な遺体ばかりではないんですよ。納棺の時にでも、恐る恐るしか触れない人も多いのに、無理でしょ。理想だけでは。

お坊さんをお呼びした家族葬(D.I.Y.葬)が総額42,360円で完璧に出来たお話

フェイスブックにこの記事が紹介されてて、ちょっと気になったので考えてみます。
この「DIY葬」というワードは時折聞こえてくるですが、今回、それを実践した方が「保育園落ちた日本死ね!!!」で有名になった、”はてな匿名ダイアリー”に投稿され、人目に触れることになったのです。

これが再度、フェイスブック上でシェアされ、様々な反応がありました。肯定的なコメントをする方、否定的な批判をされる方、様々です。それらを見て、人はサイト上で周知の関係ならば許容性を持って対応し、知らない人間に対しては、批判を前提とした自分自身の物差しで発言することの怖さを感じました。

【魚拓】お坊さんをお呼びした家族葬(D.I.Y.葬)が総額42,360円で完璧に出来たお話 - はてな匿名ダイアリー
- 2016年4月4日 05:25 - ウェブ魚拓

ありえない行動として指摘された方の意見も分かります。もちろん素人の方がされるDIY葬ですから、葬儀業界や火葬場関係や宗教関係、そして、その死に関係した全ての方に対しても非常識と思われる言動も、多々、見受けられます。あくまでも自己中心の行動と取られても仕方がないようにも感じます。

例えば、レンタカーで棺に納めた遺体を後部に積み込み、自宅へ戻り、女性一人で家に上げることができないことからそのまま駐車場でふた晩ほど過ごしているのですが、まさかレンタカー屋さんからすれば、このような使い方は想定していないでしょうから、事実を知った時に問題になりそうですし、そもそも、人数が足りないのにそこまでする必要があるのかとかです。

その中で、業界の方はかなりキツイ指摘をされていました。DIY葬をされた方の思いや行動を考えて反論を行うには、フェイスブックでは言葉が足らずで、おそらく指摘をされた方も、事情を鑑みながらコメントをしているとは思うのですが、どんな形式で葬儀をしようと、自由な話なので本来は批判をする対象ではないと思うのです。

誹謗・中傷・反論・批判を生みやすい環境

当初、私もそのトピに対してコメントを書こうかと思ったのですが、短い文章で記す事にも難しさを感じましたし、また、批判は簡単ですが、考査するにはあまりにも短絡的になってしまう危惧を感じたので、今回、ブログで考える事にしました。

ネット上で投稿される言動に関して、以前に「Webクリエイターズマニュアル」さんが投稿していた記事「誹謗・中傷・反論・批判が飛び交うインターネットの世界」の中で非常に参考になることが書いてありましたので引用させていただきます。

最近調べた情報によると【人は自分の名前や身元が人に知られない場合、そして罰を受けない時は乱暴になりやすい】と、心理学の実験で結果が得られたと伺いました。
現実では、罰を受ける可能性がある。殴られる可能性がある。仕返しされる可能性がある。と人は恐れます。
でもインターネットの世界では、身元を明かさなくともコミュニケートが出来てしまうため、これらの恐怖を考えずにすんでしまいます。このインターネットの世界特有の匿名性の高さが、誹謗・中傷・反論・批判を生みやすい環境を作っているのではないでしょうか。

とおっしゃっていた事に「なるほど」と感じてまして、それを踏まえて今回検証します。

SNSってどうなんだろうと思う

私もフェイスブック上である方の投稿に対して、その流れに沿った中で現状の葬儀についての危惧を伝えて、その関連する業界の皆さんにもご一考いただきたい思いのコメントを三日坊主のハンドルネームで残したのですが、コメントをした時に、そのグループの別の方から非友好的な言葉を頂戴したことがあります。

面識のない方に対して、その方の地位や事情(お忙しい方という事)を考慮せず、ハンドルネームでコメントをした事に失礼な行為として指摘を受けました。もちろん、トピ主のコメントに批判的な意見を書いた訳でもなく、関連する問題として葬儀業界の現状をお伝えし、その問題が起きる背景には、このような思惑が存在する事もありますよとお伝えしたかった訳です。

指摘をされた方は、現在はトピ主と直接のお付き合いもある。でも、あなたは無い。あなたが発言した方が社会的にどのような地位にあり、どのような貢献をされ、活動なさっているか存じない上でのハンドルネームでの発言は失礼ではないかと。いわば「アンタ、誰?」状態です。でも、トピ主と指摘者の価値観は違うと思うので、どうなのかとも感じるのです。

批判することの安易さと難しさも考えないとダメです

SNSの成り立ちが、お互いの存在性を実証しながらネット上で気軽につながり情報を共有する。そして新たな世界が広がっていくものである以上、確かにハンドルネームでは失礼だと思います。その方がおっしゃるようにトピ主にも不快な思いを持たれたかもしれません。言葉だけで表現する以上、思いが正確には伝わらない可能性もあります。

しかし、トピ主が友人関係に限定せず、公に公開したコメントである以上、様々な意見が集うのもネットの世界です。こんな話もありますよとの気持ちでコメントを返される方もあります。公開するという事は、否定肯定も甘んじて受ける意思の表示だと思いますので、よほどの無礼なコメントでない限り、周りの方が口を挟むものでもないと思うのです。

もちろん、突発的にコメントをした訳でもなく、個人同士のやりとりに割り込んだ訳でもありません。公共的なテーマに対して「失礼いたします」と、ドアをノックして申し上げたつもりでした。その方のネットワーク上に新たな情報として発信して、共感いただける方がいればと願っての、現在の葬儀に関連する問題点を拡散するための提議的な行動です。

はてな匿名ダイアリーに投稿された記事に対して、今度は、実名者がその匿名者に強烈な批判を行うコメントを見て、自分に対する評価と同じ匂いを感じ、批判することの安易さと難しさを思いましたので、改めてネット上での行動の難しさを感じながら、自戒も込めて今回のDIY葬を批判してみたいと思いました。

理想ばかりではムリですよ

そもそも、DIY葬なる言葉を、流行り言葉のように使用されることに大きな抵抗を感じます。
葬儀業者の手を借りず、自分たちで送る。その意義はわからないでもありません。本来、葬儀は村単位で自分たちで行ってきた背景があるので、”昔やっていたスタイル”といえばそうなのですが、根底にある「行動のための価値観」が違っていると思うのです。

安く上げるためにDIY葬を行う。そんな趣旨なら何かが違うと思うのです。今回、「お坊さんをお呼びした家族葬(D.I.Y.葬)が総額42,360円で完璧に出来たお話」として投稿されたのですが、葬儀の金額だけが一人歩きしているように感じるのです。費用を抑えるために様々なことをこの方は自分でされていますし、無駄と考えた部分は省いています。

先に指摘したように、この方はレンタカーを利用して遺体を納めた棺を搬送しました。レンタカー会社はそのような目的で借りたいと言った場合に認めることはないと思うのです。車を使用するためのお金を払っているからと、用途を告げず隠蔽したなら、まず、モラル(道徳)の勉強からやり直すべきではないかと思うのです。自分の車ではないので。

文章を読むと、お母様と喪主に立ったこの方の二人しか登場しないので、葬儀に関わったのは女性二人ということになります。死亡後のエンゼルケアを喪主になったこの方がされているのですが、これは、なかなかできることではありませんが、レンタカーで病院から搬送するときに男手もなく、人員が全く足りないのです。ここも、”昔やっていたスタイル”と違います。

いろいろな状態の遺体もありますし

そこまで無理をして行う必要があるのかと感じるのです。人手がなければ、友人、知人を呼ぶ事になりますが、見ず知らずの方の棺を担いでくれる奇特な方はそういません。人員の確保のために手配を考慮しなかった事、お金を払う事を考慮しなかった結果、病院関係者に車両への搬入を手伝ってもらい、自宅へ戻ってからはレンタカーに積載したまま駐車場で安置です。

「寒い時期なので、ドライアイスがなくとも車内に全く臭いはしませんでした。」と言ってますが、仮に匂いが出た場合どうするのか。ホテルでも禁煙室で喫煙をするとペナルティとして清掃料金を請求されます。遺体の匂い。こんなのがレンタカーについてしまった。遺体の搬送に使用した。なんて事実がわかれば車両そのものを買い取ってくれと言われますよね。

そして、皆さんがご存知でありながらもコメントに出てこない事情ですが、葬儀の現場で納棺を行う時、「皆様も故人様を清拭していただけますでしょうか」と言っても、皆さんの行動を見ていると「怖い」、「不浄」、「なんとなく無理」という雰囲気が、喪主であっても、伴侶であってもバンバン出ている方もいるという現実があります。
存在的に人は死を恐れます。怖いと感じますから。

今回は、病院で亡くなられた故人です。遺体の状態も寝ているように見えるかもしれません。怖くないです。でも、これが事故や事件の遺体だった場合、皆さんは故人の召しものを着替えさせたり、納棺なんてできますか? ちょっときつい言い方をしますが、体を損傷していたり、腐敗が進んだ遺体を触れるのでしょうか? 無理でしょう。

私たちも正直きついのですが、仕事だからできますし、やります。人間が生きる活動を終えた時に、その体はどのように変化していくかご存知なんでしょうか。糞尿は出てくるし、匂いはきつい。自分の親ですら触れない方もいるのに、DIY葬なんて安易に提唱するのはやめてほしいと思います。お葬式はそんな現場なんですよ。

相続の問題もあると思うのですが

叔母の兄弟は3人。上から順に姉(他界)、私の父(他界)、叔母。他界した姉さんには女1人と男4人の子供がいます。叔母さんから見て、その5人は私と同じく姪とか甥にあたるわけですが、今も健在。 姪とか甥は全部で6人居てそのうち1人が私というわけです(私が最年少)。

関係はリンク先でご確認ください。

【葬儀等費用】直葬セット6点セット 27,600円 お坊さん葬式お布施 30.000円 レンタカー(ハイエースバン)48時間 14,500円 葬儀を行った旨の親戚への通知はがき代 52×5=260円合計 72,360円 市から葬儀費用30.000円が支給されるので、葬儀支出総費用は 42,360円 ←後日支払われる日割りの年金支給分で完全に相殺される予定。お疲れ様、お母さん、そして自分。そして最後に 叔母さんのご冥福を心からお祈りして終了させていただきます。合掌

共に投稿記事からの引用です。

この方主導で全てを行ってきたと読み取れるのですが、このような関係では相続の問題も存在します。葬儀の現場でもよくもめている話です。これ以外にも、直接の相続権はないが生前お世話をしたからと、よく口を挟んでくる方もいますから、実際に「どうなんだろう」と案じてしまいます。

故人の資産がいくら少額であっても、亡くなるまで病院にも見舞いに行かない、お金も負担しない、面倒を見ない、それでも相続の権利はあります。当然、亡くなれば言ってきます。
スタンドプレーで行っても、法律は擁護してくれません。小額の相続資産でもめても、訴訟費用は相応にかかります。そこのところの記述がなかったので、ここも気になりました。

何度も言っていますが、葬儀って面倒臭いもんなんですよ

手間がかかるもんなんです葬儀って。だから供養につながると思うのです。お金をかけてくださいというつもりはありません。これまでにも申し上げてきたように、手間と時間をかけて自分にできる範囲で行うべきですし、業界が、国が、葬儀を大切にしない限り、安価で充実した葬儀を安心して行う環境は実現することはありません。

ただ、人はいつか死ぬのです。親も自分も、自分の子供もいつ亡くなるかは予測できません。
普段の生活の中で自分たちは自由奔放に過ごしてきながら、いざ、葬儀の時に世間の風潮に乗っかって、安易に直葬を選択するのはどうかなと提言しているが三日坊主です。

なかなか貯金もできません。三日坊主も同じです。いざという時に役立つものがない。そんな現状で多くの皆さんは生活をしていると思うのです。
でも、もし少しでも自分の死や、周りの方の死を感じる、考えるきっかけがあるなら少し準備も考えていただければと思うのです。

それまで自分のために使っているお金があるのなら、自分の趣味に使うお金があるのなら、少しだけそちらに回す事も考えてみていただきたいのです。

皆さん同じでしょう?

今回のDIY葬を行った方の会社も正当な利益を得なければ事業、商売は成り立ちませんよね。この世の中、何かのサービスを受けようと思えば料金を支払わないと無理です。葬儀料金が高いとおっしゃるあなたの会社も、商品やサービスを提供して利益を計上し、そのおかげで給料が支払われているのではないでしょうか。

葬儀だけが悪いのではありません。流通するモノには必ず原価がありますし、それは当たり前の事です。それを否定するなら、否定される方の会社の商品をまず自らが否定してください。
100円の原価で1万円の商品として流通しているモノって、材料原価で言うならいくらでもあります。

そこへ広告宣伝費や流通経費、そして人件費や管理費等の経費を乗せての売価があるので会社はやっていけるのです。人の不幸事に乗じて葬儀屋はぼったくる。そんな事を言う方がいますが、皆さんは、何か商品を購入しようと思った時に「いくらぐらいが相場で、同じ商品、サービスならどこが安いんだろう」と考えませんか。

商品について調べて、コスパを計るわけでしょう。要は、知らない世界の商品でも情報を得て知識として持ち、その上で購入の際の知恵とするのではないでしょうか。ならば、葬儀ももっと勉強と言うか、正しい知識と情報を得る努力をするべきであって、直葬やDIY葬などのプランに安易に進むべきではないと思います。

自分の努力を棚に上げて業界を否定するのは、何か間違っていると思いますし、被害者意識そのものではないでしょうか。また、そのワードを利用して、いかにも消費者の見方のように騒いでいる葬儀関連業者の連中もどうかなと思っています。

全ては自己責任です、でも、葬儀はやり直せないのです

皆さん。知恵をつけて、正しい葬儀を行いませんか。葬儀はあなたのためのものではなく、故人のために行うものです。親がいなければ自分もこの世に存在しません。最後の親孝行と思って、1日や2日の時間や休暇も取れないなんて寂しくないでしょうか。宗教はそこを当たり前のように大切にしています。それを教えてくれているだけです。

昔から、「餅は餅屋」と言います。やはり専門業者にはそれなりのスキルはあります。お代をいただくだけの仕事もサービスもします。見極めれないのは消費者の力量不足です。

車を購入しようと思ったら、そのスペックや仕様を考慮しながらグレードを一生懸命考えませんか。化粧品なら試供品で試してみて、その商品に含まれる成分を気にしますよね。そして肌に合うなら、次はお値段と内容のバランスを考えて購入しますよね。

それらと同じですよ、葬儀も。自分たちが満足するため、支払った金額に対する対価をきちんと受け取るためには、下調べも必要ですし、自分も賢くならないとダメだと思うのです。

安易な葬儀商品や終活業務、紹介業務を販売する葬儀業界の姿勢にも大きな問題があると思いますし、それを正して、葬送儀礼を大切にしなければ、この先はないのです。それに気づかないまま時代が過ぎて、今回のように皆さんが「葬儀はDIY葬」が普通になったならそれも致し方ないと思うのです。自業自得です。

業界が努力を惜しまず、消費者から、その存在が不要との烙印を押されたなら葬儀屋が悪いんです。でも、葬儀を行うのは皆さん個人個人です。親を送る、自分の葬儀を考える、子供に命の大切さを教えようと思うのなら、まずは、かかる費用の原資を確保する行動をとり、ご自身のスキルを上げる努力をなさってください。

全ては自己責任です。自分の子供に「お父さん、お母さんありがとう」と言って送ってもらえるような世の中をいつまでも残すために。

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コメント

  1. セルフ葬儀研究所 LAW7 より:

    こんにちは。
    LAWでやんす。 三日坊主さまのお言葉、身に沁みます・・・
    ストレッチャーもないのに、本当に何とかなったのかな??て感じです。
    これは直葬セット屋のヤラセのような気がします。
    冠婚葬祭研究所なんてところが幅を利かせる前触れでしょうか??
    我々としては研究はしますが、推奨はしません。
    蛇の道はヘビですから!

    • 三日坊主 より:

      そうですね。簡素化は仕方がないと思うのですが、やはり、「葬儀」という言葉の持つ意味を大切にしないと、と思います。

      ネット上で批判する事も厳禁ですが、いたたまれなく書きました。

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