互助会がデジタル化に乗り遅れてもやってこれた理由

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最近、互助会の中にはIT専門会社を子会社として持ち、自社のホームページ制作・管理だけでなく、社外の受注まで手がけているところもあります。かなり出遅れた葬儀業界のデジタル化を埋めるのはやはり潤沢な資金なんだなぁと思う、今日この頃です。

根っこにある葬儀屋の体質と思考傾向

世の中のデジタル化への流れと、それに伴う葬儀業界の出遅れを考察すると葬儀業界のダメなところがよくわかります。

1990年(平成2年)からの10年間で日本は大きく変わりました。日本語の取り扱いが可能になったDOS/V、その後のWindows 3.0が登場し、Macのパソコンはマッキントッシュと呼ばれていた時代。

それらOSを搭載したパーソナルコンピュータと呼ばれるものが家電量販店の店頭にようやく並んだ頃、葬儀業界が最初に導入したのはパソコンではなくショルダーフォンと呼ばれる携帯電話や自動車電話でした。

当時の葬儀屋でパソコンなんてほとんど見かけた事なんてなかったけど、こういった通信機器に関してはどこよりも早かったんじゃないかな。なにせ、電話命の世界。仕事の依頼の電話を逃す事は無期懲役に匹敵するほどの大罪ですから大義名分が立つ。なので、まずここにお金をかけたのです。

そんな葬儀屋の社長の雰囲気といえば、例えば僧侶の葬儀なんかがあるとクラウンに自動車電話のアンテナ立てて、仕立てたサイドベンツの黒服を着た、どこかヤクザ屋さんのような雰囲気を醸し出した怪しげな金もってそうなおっさんがゾロゾロとやってきて、おもむろにタバコをくわえダンヒルやデュポンのライターで火をつける。そんな感じです。

こんな時代 ↓

あなたの側にいませんか、こんな雰囲気の葬儀屋さん
昭和な時代の葬儀屋さん。確かに景気は良かった。あぶく銭にも困ることもなく、ルールは仕事ができるかだけ。そんな時代をご存知ない方に知っていただきたい情報です。

アスカネットがデジタル加工の遺影写真の配信を始めたのが同じく1990年代。これもまた導入したのは大手互助会が先駆者で、一般の葬儀社は加工単価も設備費も高かったので遺影写真屋さんに出していて、ここもお金をかけなかった。ここで一般の葬儀社も先を競って導入していれば、身近にパソコンがある環境が生まれた可能性があったのです。

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