『死』を考える「葬儀屋さんバージョン」 | 直葬は、間違ってます by 三日坊主

『死』を考える「葬儀屋さんバージョン」

考える女性の銅像
考える女性の銅像

『死』というのは現実な事だけど多くの人は毎日考えている訳でもない。でも、確実に人は死にます。葬祭業に勤める方々は、その現実を一般の人よりも多く目の当たりにするけど、それでもなかなか自分に置き換える事は少ないのも現実です。

『死』に対する意識

当たり前ですが、葬儀屋さんはまず人の死が発生しない限り仕事がない訳です。で、その仕事となる死の連絡を待つために24時間体制でシフトを組んでいます。連絡を受けてスムーズに対応するため、当直・電話当番・寝台担当・見積り担当・施行担当など分業しているところもあれば、一人が全てをこなすところもあります。

この担当となると色々と制約を受ける事になるのですが、葬儀屋さんといえ人の子ですから毎日制約を受ける生活なんてできません。家族や友人との予定もあるし、お酒も飲みたいでしょうし、キレイなお姉ちゃんのいるお店に足蹴に通いたい願望も叶えてやらないといけません。

これは社長であろうと社員であろうと同じで、業務とプライベートは分ける環境が必要となってきますがこれがなかなか難しい。限られた人数で変動する依頼に対応する訳ですから、時にはキャパを超えて想定外の事態も発生する訳です。いわゆる繁盛期とされる年末年始をはさんだ寒〜い季節には、そういった事態が起きる可能性が高くなります。

そんな環境で目の当たりにする人の死。これは自分が休めるか否かの要素だし、欲望を叶えるための障害でもありながら飯のタネ、または、酒代のタネでもある訳です。家族を養うのも、旅行に行くのも、デートの費用も仕事がなければ何もできない。車も家も欲しい。で、そこで働いて収入を得る訳です。

そういった土俵で人の死を業務として取り組む訳ですから、やはり業務時間中は真摯に対応し、全てを完結してからプライベートの時間を獲得する人が大半だと思うのですが、中にはごちゃ混ぜな人も混在しています。そういった方々にとっては自分の都合を邪魔する存在でしかないので、あくまでも今日の一件の施行でしかないのです。

そんな意識で人の死を見つめても、自分に振り返る事もないでしょうし、深く考える事もない。早く終わらせて早く彼女と会いたい。キレイなお姉ちゃんの店に駆けつけたい。そんな意識が根底にある担当者でも、アジア圏で流通するA品のパチモン級の微笑みとサービスを提供してくるので見分けが難しいのです。

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