お布施公開の見性(けんしょう)院、みんれびお寺さん便、それらに対する全仏の対応

小さな100ドル札
小さな100ドル札

檀家制度を廃止して、新たな生き方を模索する曹洞宗 見性(けんしょう)院。住職の意見も一理あると思うが、これらを取り巻く、みんれび、全仏も、同じ穴の狢と感じる。この見性院もそうだが、お布施自体が何十万円もする根拠についての説明が乏しすぎると思うのです…

この三者は、すべて同じように見える

明朗会計とサービス重視を掲げ、ネットを通じて顧客(檀家)を新規開拓する、埼玉県熊谷市の曹洞宗 見性(けんしょう)院が、また今更の感で取り上げられている。この住職は、みんれびにも登録しているし、独自にお寺さんを紹介する事もやっている。郵送による納骨サービスも積極的に取り扱いを行い、宗教界では異端児扱いされているマルチ住職でもある。

この見性院は、400年以上の歴史を持つお寺だが、4年前の2012年に檀家制度を廃止し、400軒弱あった檀家との関係をいったん白紙にして、「随縁(ずいえん)会」という会員組織を構成した。会費は無料。お布施は定額制。入り口にはお寺も会員もが守るべき「心得十カ条」が掲げられているし、お布施の料金表も提示されている。

この寺が2016年8月9日の朝日新聞デジタルで取り上げられているのだが、正直なところ、このような話題に対しては「またか…」って感じがする。この住職が出版した「お寺の収支報告書」も読んではみたが、確かに、本山も誰も助けてくれない環境の中、自力で生き延びる方法を考えるしかないのはわかるが、どっちもどっちのようにしか見えない。

【魚拓】檀家廃止・お布施公開し値下げ…住職の「変革」、反発も:朝日新聞デジタル
- 2016年8月11日 12:13 - ウェブ魚拓

目線が違うのよ、庶民とは

反論をする本山、全仏の意見もこれまた、「またか…」て感じ。というのも、基本的に本山や、全仏の役員を務める寺の住職は、裕福というか、このような生きる道を探らなくても問題のない環境にいる。そんな立ち位置で、「お布施の意義とは」などと、模範的な回答を載せてはいるが、世間一般とはかけ離れた感じしかしないのです。

「お布施を僧侶の宗教行為への対価ととらえているからです。布施とは仏教の実践、修行の一つで、施し、人に自分のものを与えるということ。物質的なものでも、精神的なものでもいい。そのとき大事なのは、心のあり方。人に何かをしてあげている、といったこだわりがあってはならず、なににもとらわれない、清らかな気持ちでするものです。額を決めて商品として販売することは、お布施本来の考えからは到底ありえない」

いや、確かにそうですけど、本来、お布施もある程度の「目安」が存在するのが現実。その目安に対して包んでくる金額が、多くても、少なくても、良しとするお考えは立派ですが、お布施自体が何十万円とする現実は、どう説明するのかが決定的に欠けている。

これは、見性院も同じ。張り出している「お布施料金表」を見ても、戒名なしで10万円。戒名ありで20万円などとあるが、なぜ、何十万円も必要なのかが理解できないし、説明を果たしていない。ここをおざなりにして、初めからお布施は何十万円もするんですよ〜という、お寺さん側の常識がおかしいと、葬儀に携わって、もう何十年もそう思ってます。

だいたい、10万円とか20万円とか、簡単に言いすぎちゃいまっか

言っときますけど、一般人の1ヶ月分の給料に匹敵する額をチラつかせて、「お布施はお気持ちなんで」、「お布施という行為は、料金ではない」なんて言っても、その感覚が世間と全くズレとる。いくら葬儀だから、最後だから、故人のためになんていろいろ言っても、普通のお家で20万円も30万円も一度に出すのは、結構、勇気のいる事なんですよ。

それを、「故人への供養の気持ちを形で…」なんて、クソのような 不親切な葬儀屋の担当者みたいな、できの悪い 知識の乏しい終活カウンセラーのような事を、普通にうやうやしく言う、その感覚が、どこかの裕福な葬儀社のボンボンと全く同じじゃないですか。親の住職がそうしてきたから、自分もそうするのが当たり前。とでも思っているんじゃないかな。

いつしか檀家は、超高齢化して、その子供も50代や60代で、そろそろ仕事も退職するような世代だから減ってきた。あれっ、最近、葬儀の件数減ってない? お布施の金額も減ってきてない? お母さん、僕のお小遣いが少なくなってきているのは気のせい? じゃ、もう少しお布施の金額を上げてもらおうか、なんて、お気楽に過ごしてきたようなもんじゃないの?

それを、これまでと同じように維持しようと焦ってもアイデアも出てこない。法話なんてやっても、その住職の人生がつまんないから、話が面白くないんじゃないのかな。親の七光りで生きている人間の話に何が魅力があるの? 歴史を守る努力? 文化遺産を維持するために寄付をしろって事? そんなの法話じゃない。

擁護しても、身内で慰めあっているようにしか聞こえない

そうじゃない。そんなお寺さんばかりではない。こんな言葉がSNS上では飛び交う。確かにそうじゃないお寺さんもいる。でも、圧倒的少数であって、ほとんどのお寺さん(葬儀の現場で出くわす方ね)は、そんな崇高な意識なんて持ち合わせていないと感じる。

だいたい、紹介を受けて3〜4万円のうち、半分以上持って行かれてもやっていけるなら。初めから少ないお布施でやっていればよかったんじゃないのかな。檀家が減って、寺を維持するのが大変になってから、死をビジネスとして金儲けの道具にするような奴らのシステムに乗っかって、お裾分けでしのぎをかけるぐらいなら、自分たちでそうすればよかったんでしょう。

お布施も同様で、寺を維持する事に問題や障害が発生しだした頃に、安売りや、定額制を後に出してくるなら、その時に自重して、よく考えて、お布施に対する違和感を解消する努力をすればよかっただけだし。

俺はそうじゃないと、声高に訴えるお寺さんもいるが、確かに尊敬に値する、高貴な方も確実に存在はする。でも、そのような方は、本山の、宗教団体の役員にしかわからない出世レースなんて興味ないでしょうからそこには存在しない。だから貴重な意見でも、具体化できないのが今の宗門の世界じゃないのかな。多数に無勢な状況は変わらない。

みんれびもみんれびで、金儲けを理念ある仕事みたいに言うんじゃないよ

人生のエンディングを考えることは、決して不謹慎ではなく、むしろ前向きなことだと思います。今日一日をより良く生きることができるのではないでしょうか。

迎えて欲しくない。迎えたくない。でも、いつかは誰もが迎える死。
家族や親族は、突然のことで、どうしていいかわからないものです。
けっして、平常心ではいられません。
そんな中、お葬式を挙げるためにあわてて葬儀会社を調べ、とぼしい知識で決定しているのが実情です。 

地域によって違うお葬式の風習、お葬式の費用、祭壇の違いなど、
何かと日本のお葬式は分かりづらいものです。 

お葬式に詳しくなる必要はありませんが、
前もって事前に知っておくことはとても大切です。 

世の中には、たくさんの葬儀会社があります。
「不安」「心配事」の尽きない葬儀業界に新しい風を起こすために、私たち「みんれび」は活動しています。お葬式のマナー、適正価格、お葬式の流れなど的確な葬儀情報のご提供と、皆さまが心から安心してご利用できる葬儀会社選びのお手伝いをさせていただきます。 

良いお葬式だった。故人もきっと喜んでいます。
葬儀会社がそんな言葉をかけてもらえるように、
お葬式の疑問・不安を解決することが、私たちの仕事です。

これが、小さなお葬式を運営するみんれびの代表取締役 芹沢雅治氏のメッセージです。

「地域によって違うお葬式の風習、お葬式の費用、祭壇の違いなど、何かと日本のお葬式は分かりづらいものです。 お葬式に詳しくなる必要はありませんが、前もって事前に知っておくことはとても大切です。 」

いやいや、お葬式に詳しくなるべきですって。お葬式はめんどくさいもんだって理解するべきですって。地域によって違う風習ってのはね、それを文化って言うんですよ。みんれびさん。それ、詳しくならなくていいという事は、文化や歴史は軽視していいって事だよね。

良いお葬式だった。故人もきっと喜んでいます。
葬儀会社がそんな言葉をかけてもらえるように、
お葬式の疑問・不安を解決することが、私たちの仕事です。

こんな、上から目線で言葉を出されている事に恥ずかしいと思わない葬儀社。しかも、このみんれびに加盟して、仕事を受注する。葬儀社がそんな言葉をかけてもらえるように? 何様なんかな、この会社は。安い葬式では焼香道具すら付いていない、おたくのパック商品の方が疑問なんですけど。

「シンプルなお葬式」の家族葬では、焼香すらさせてもらえないのか
シンプルなお葬式で紹介されている39.8万円のコースには、焼香設備やロウソク立ても無い、おりんも付いていないから「チーン」と鳴らすのもできない。焼香をしようとすれば、おりんをチーンと鳴らすためにはお金が必要になってくる。こんなプラン、今時ありますかね。葬儀屋さんの世界をおかしいと定義しながら、おかしな事やってませんか…

誰もがキレイごと言っていると感じる

文化や風習に触れあい、実際に経験する機会であった、葬儀組、隣保、町会組織が崩壊し、親族同士でも関わり合いが少なくなってきた中で、長老の存在すら軽視する現代ですよ。そこを危惧し、警鐘を鳴らすのが、葬儀関連業者の根本にあるテーマじゃないのかな。その上に成り立つシステムならば、いいと思うけど、これは葬儀とは言えない全く異質なシステムですよ。

それを葬儀というなら、みんれびは意識が間違っていると思う。同じ土俵に乗ってくるなよとも感じる。で、再三思うけど、葬儀社も、お寺も、そんな業者の世話になるんじゃねえよ。くそったれって気持ちがないのか。だから、どっちもどっちなんですよ。

金を得るためなら、自分を捨ててでもする事が、お釈迦様の教えなんですか? 下請けになることが家族のためなんですか? そんな状況でも、「社会情勢がそうなっている事に対応し、下請けになって生活をしのいででも、正しい宗教のあり方を伝えるために、今を我慢している。」それは、嘘じゃないのかな。俗的な意識をオブラートで包んでも、魅力はないし。

普通、生活が成り立たない場合、人は結婚を選択しないし、子供も産み育てない。というか、怖くてできない場合もある。貧乏でもなんとかなるよなんて、若いうちならともかく、そこそこ年齢が行くと、多くの方はしない方を選択するのではないですか。

なりふり構わず生きる姿は感動があるけど、家族とお寺を維持できない状況なら、初めから無理して妻帯する必要も感じないし(妻帯の是非は別のテーマ)、生活が成り立たないなら、別の道を選択するしかないのじゃないかな。

もう一つ、みんれびに言いたい

「まず背景に、寺の檀家になる方が少なくなったことがあります。そういう方でも、葬儀や法事にはお坊さんを呼びたい。でも日ごろ接点がないので、どこで頼めばいいかわからない。ネットで探せて、しかも後々付き合う負担がない方がいい。そんなニーズにマッチしたのかなと」

いやいや、それまでにもシンプルなお葬式でお寺の紹介はやっていたじゃん。先行する小さなお葬式に追いつけ追い越せを狙って、二番煎じが一番を狙うために、あなた方のおじいちゃん、おばあちゃんを送ってきた、葬送儀礼をぶっ飛ばしても平気なんでしょう。

「もともと敵対するつもりでやっていませんし、経済的に困っている僧侶の方のお手伝いをさせていただいているつもりです。こちらの考えを聞いて下さるなら、断る理由はありません」

いや、やれば敵対するのは当然だし、それを許した宗教界に問題があっただけ。あぐらをかいて衆生を上から見ているから、こんな魑魅魍魎のようなビジネスが生まれてくるんですよ。

これを支持する方の中には、やむなく費用の問題で選択している方もいるでしょうが、中には、せっかく最後に気付きというものを教えてくれるきっかけでもある、一生のうちで一度か二度くらいしかない機会である、葬儀を、死を、おざなりにしても何も感じない人も、確実に存在する。

そんな意識の方に宗教とは、布施とは、葬儀とはなんて説いても、それこそ、馬耳東風じゃないのかな。人間には様々な価値観があって、個々の尊厳もあるので、どの道を選択しようが、全ては自己責任。自由です。これは、宗教の存在に危機感を持つお寺さんも、危機感を持たない、お気楽な住職も、それぞれが自由。

生きようが死のうが関係ないが、せめて、宗教家としての生き様を求めて行くのが、その道を選択した責任じゃないのかな。葬儀社も同じで、葬送儀礼で家族を養っているのなら、自分の人生が形成されてくのなら、その道を極めるべきじゃないのかな。

こんな状況を許容している、お寺も含む事業者はどんな葬儀をするのかな

消費者が求めるので仕方がなく直葬や1日葬を表示している。致し方がない。なんて意見を、先日、SNSでもらったが、そうじゃないと感じているのなら、世間に流されるんじゃないよ。と思う。意地を持てよと。仕事に誇りを持てよと。代表者の立場でも、社員であっても、そんな世間に流されてする仕事なら、葬儀社を辞めればいいんじゃない。無理する必要はないよ。

みんれびさん。あなたが死んだ時は、どんな葬儀をするの? 当然、直葬とか、1日葬でやるんですよね。遺骨は散骨とか樹木葬とかですよね。で、お寺さんはアマゾンから発注してと、率先してお手本を見せてくれるんですよね。

現在の葬儀屋が、葬儀業界が胡散臭いから、今の事業を始めたんですよね。なら、自分たちでセルフ葬かな? まさか、社葬なんてしないよね。そんな体裁気にしたらウケすぎるよ。

みんれびに所属するお寺さんも、まさか寺葬なんてしないよね。ひっそりと、火葬式で新たな価値観を見出してくれるんでしょうね。もちろん、葬儀にお呼びする、内陣に座っていただく式衆さんのお布施は定額ですよね。

結局、こんな話題が盛り上がっても、民衆は離れていくだけ。先ほども申し上げたけど、お布施が何十万円とかかるその「お気持ち」の根拠を、丁寧に説明する方が、お布施の意義を説明するよりも大切な事だと思うのです。

そんな事をみんながおざなりにして、自分達の生活や事業を先に考えるから、価値観がおかしくなっているんじゃないかな。

そういう意味では、三者三様に自分たちの都合を優先しているし、その立場でしか物を言ってない。自分たちの権利、既得権を守ろうとしているその姿は、決して美しくはない。そんな風にしか見えない、三日坊主です。

お布施公開の見性院、みんれびお寺さん便、それらに対する全仏の対応 Part2
前回の投稿に対してあるご住職よりご意見をいただきました。現実を目の当たりにしているご住職のお気持ちと、問題提起を目的としてこの話題を取り上げた管理人との言葉の中で、宗教者を紹介するという行為、お布施とはなんじゃろかとの意味を再考したいと思います。
お布施公開の見性院、みんれびお寺さん便、それらに対する全仏の対応 Part3
お寺さん紹介に関する問題のPart3です。何度も書くねぇ〜と言れそうですが、どうも賛否両論の意見の矛先が違う方向へ行っているように思いまして、あっちじゃなく、こっちだよとの気持ちで再度、検証しました。
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