『祭り文化の継承と葬儀文化の衰退』同じ民族文化でも葬儀が廃れたその原因は、やっぱり葬儀屋やろ | 直葬は、間違ってます by 三日坊主

『祭り文化の継承と葬儀文化の衰退』同じ民族文化でも葬儀が廃れたその原因は、やっぱり葬儀屋やろ

葬儀も祭りも民族文化であるのに、古くからの形態を残さなければいけない、形式を守らなければいけないという意識の違いはどこにあるのだろう。文化を壊してきたのは、それを金儲けの道具としか考えてこなかった葬儀業界と葬儀に関わってきた人々の罪作りではないかと、自戒を込めて思います。

祭りという文化に見る人々の関わり方

先日、何気なく国道2号線を走っていたら、淀川を渡ったところの信号で、法被を着た若い衆が交通規制をかけてだんじりを渡らせようとしているのが目に止まった。

「へえ〜、西淀川区って以外に祭り事に熱心なんだ」と感心しながら、これだけ祭礼文化が残っている割にはこの地区でも葬儀は家族葬とか、子供に迷惑をかけないための終活なんてやっているんだろうなと、共に民族文化でありながらその継承の違いに考えさせられたのです。

祭礼は人の手がいるし、時間も奪い取る。迷惑っちゃ、迷惑な行為かもしれない。でも、みんな喜んで参加しているし、沿道で見守る人々も寄付をしたり、差し入れを行ったりと共同で神に感謝をするという行為に参加している。

この様な祭りの継承には、当然、昔で言うところの村の協力がなければ無理ですし、だんじりを曳く若い衆の参加がなければこれも無理な訳です。

大阪市内は特に村文化が根強く残っている訳でもないけど、ここでは、今は町会として姿を変えた組織がまだかすかに機能し、その地区に住む人々の熱意があるからこそ祭礼が継承されているんだろうと思うと、なぜ葬儀だけが衰退していったのか憂い感じるのです。

フォローする

トップへ戻る