『葬儀という仕事はバカでもできる』そんな環境が及ぼす影響

バカ笑いしている黒人の成年男子
バカ笑いしている黒人の成年男子

葬儀はバカでもできます。と言うか、バカ比率はかなり高い業界です。ただ、その質は一般に言うモノとはちょっと違うと感じるのは私だけかもしれません。バカと賢しこ。その紙一重の違いは何だろうかと思える世界。それが葬儀屋です。

亡くなった人を触れますか? それができるから葬儀屋なんですよ

前回、葬儀の仕事は体力もそうですがメンタル面が強くなければやっていけない事を申し上げました。なぜかと言うと、葬儀業界は生々しいほどの金儲けの世界だからです。人の嫌がる、誰もやろうとは思わない仕事だからこそお金でリターンを求めてきたのです。

そもそも通常の精神なら亡くなった人を触るような仕事なんてまず敬遠します。いつもキレイな遺体ばかりでもないし、腐敗が進み、この世のものとは思えない姿に変わる事もあります。病気感染の恐れもあるし、そんな状態の人間に触る事を生業にするなんて親がやっていないと、まぁ、ない話です。

一般の方にしても、いくら最愛の方が亡くなったとはいえ、遺体を抱きしめて頬ずりをするなんてのはテレビの世界の話です。誰もが意識の底に、無知からくる恐怖や感染などのリスクに関する不安を持っていますのでそんな簡単にはいきません。まして尋常ではない遺体の場合なら近寄る事も見る事も無理なのが普通です。

そんな場面に葬儀屋さんは登場してくるのですが、彼らも人の子、皆さんと同じように恐怖やリスクに関する不安は持っています。ただ、するしかないのでやるだけで、他に対応する方法があれば人の金でやろうとします。それが湯灌やエンバーミングです。根拠のない話を振り、遺族の不安を煽って受注する事で自身の手間とリスクを省くのです。

日本ではエンバーミングをするケースはかなり少ないのですが、湯灌はエンバーミングに比べて比較的安価(それでも、そんなに安くはないけどね)な事、そして、お風呂的(お風呂じゃないけどね)なイメージがあるため、日本人には受け入れられやすい商品なので積極的に営業をかけてくる訳です。

湯灌でお湯を使う業者も多く、低温保持に反している行動は雑菌の増殖にも繋がりかねないので遺体保全には全く意味はない行為なのですが、とりあえずはきれいになります。糞尿の処理もきれいサッパリ洗い流して、新しい綿を追い足しして詰め、流出の不安は解消されます。

何より、湯灌を済ませば後は納棺のみです。着せ替えも湯灌業者の手によって終わっているし、遺族・葬儀屋とも面倒な事から解放されるというメリットが一番大きいのです。それを双方がわかっているから、微妙な金額設定と巧妙なトークによって受注率は90%を超える商品となり、日本の葬儀においてはお金で買える安心とも言えるのです。

これは業者と消費者の立場で心を読み合っている訳ですが、このように自分の手を汚さず、苦労せず利益を得ようという感覚・嗅覚は古くから変わっていないのです。

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