あなたの側にいませんか、こんな雰囲気の葬儀屋さん

悪い雰囲気の顔
悪い雰囲気の顔

昭和な時代の葬儀屋さん。確かに景気は良かった。あぶく銭にも困ることもなく、ルールは仕事ができるかどうかだけ。面白いように祭壇も売れたし、テキトーなごまかしも通用した。そんな時代をご存知ない方に知っていただき、あなたの側にいないかを検証いただければと…

私の時代の葬儀屋さん

昭和から平成にかけて、葬儀全盛期に見積り・施行担当をしていた私の話。バブル時代も若干含んでいた頃で、不動産業界の人から「宗教法人の領収書があれば100万円で買ってやるぜ」なんて話が飛び交っていた時代です。ヴェルサーチの三連ベルトなんて、今思えばって感じですけど、当時はキタやミナミでも、夜のオヤジ徘徊族にはちょっと流行ってましたね。

当時の葬儀屋さんって制服があるところも珍しいし、基本的に設営などの作業時も黒っぽい服装でパンツにジャケットにネクタイ必須。式中は当然、黒服(略礼服)を着ているので、時計とかベルトとかで目立とうとする。指輪もファッションとしてはタブーなので、結婚指輪をカルティエなんかでいく訳です。しかも目立たないようにシルバーで。

当時の三種の神器?

              

時計・指輪・ベルトは、まるで三種の神器のように崇拝されていました。あと、黒服をオーダーで仕立てて、わざわざサイドベントにしたりして、妙に人とは違うぞ感を出していました。今では笑える話ですが、こんなところで自己主張する人が多かった。後は、飲み打つ買うが常道で、特に麻雀は葬儀屋さんも出入りのお寺さんも大変お好きでした。

ブランド品なども分相応ならいのですが、若すぎると言うか年代の平均収入に見合ってない。雰囲気がないのにやるからチャラく見える。など、「浮いてる」人が多かった。サイドベントも歴史など関係なく、ちょっと怖い方で流行っていたのでそうしただけみたいな感じです。

お寺さんも同様で、頭は坊主ですし、服装はお決まりですから時計が主流。地味ながらも数百万円ってところをよく着けていましたね。旅行などで一緒になると、服装もギラギラしてきて、見る様はそのまんまです。怖くて近寄れない…

※サイドベントをご存知ない方は、こちらのサイトがよくわかります。
男前研究所:スーツは後ろ姿で魅せる「ベントの起源と与える印象の違い」

当時の葬儀屋さんは余禄がすごかった

新人時代だった私の場合、給料は基本給を含めて20万円。賞与はモチ代程度で5万円か、社長の奥さんの気分がよければ&気に入られれば加算あり。寸志も飛び交ってました。自宅まで搬送するだけで3千円から5千円。他府県なら1万円ぐらいが目安で、月に数万円にはなり、小遣いは不自由しなかった。(そんな雰囲気が世間一般にあった時代の話です)。

他に収入項目として、施行歩合として祭壇売上の10%。当時は、祭壇を売るのが葬儀屋の仕事でしたので50万円〜80万円が一般的なところで、100万円以上の祭壇でも普通にしれっと売れていた時代です。これを月に数件担当するのですが、仮に50万円×4件で200万円。その10%なんで20万円が祭壇歩合です。

勤務時間は、朝8時出勤、17時退社が基本ですが、通夜の担当や寝台搬送、当直などもあり定時で終わる事はまずない。当直外でも8時から21時くらいまで会社にいました。仕事終わりに飲みに行くにしても当直外でないといけないのですが、二日に一回当直でしたし、疲労感は満タンでしたから、付き合い以外はあまり行かなかったですね。

日中、会社に居なくてもポケベルテレフォンカードの時代なんで、リアルタイムに連絡しなくてもあまり大事にはならない。(病院回ってましたで通りましたから)なので、仕事中でもヒマが出来れば喫茶店に入り浸ったり、ブランドショップに足繁く通い、ベルトや時計を眺めるのです。ある意味、ストレスの発散を求めていたのかもしれません。

テレフォンカードは当時の粗供養(1枚500円度数や1000円度数)にも使われていました。これを式中に、10枚、20枚とネコババする供養管理担当者が時折おりましたなぁ…
ポケベルは呼び出し音が鳴るだけの時代です。しかも、番号を二つ入れて、呼び出し音の違いで「社用」か「急用」かを使い分けてました。ディスプレーが出た時には「ほぉ〜、スッゲー便利やんけ」と思ったぐらいの時代です…

そんなこんなで仕上がった葬儀屋の雰囲気

黒い服を着て、ギラギラしたちょっといい物を身につけている。そう、まるでその筋の方のような雰囲気がプンプン出ていました。「何のお仕事されているんですかぁ〜」なんて聞かれても、仕事を当ててもらえない。金払いいもいいし、やんちゃな雰囲気も満載。相手も「ひょっとしたら…」って思って、核心をついてこんない。

ただ、チャラそうでも上下関係は厳しいところがあったので、先輩は絶対です。無茶な事を言われても逆らえない。下剋上は許されないのです。のし上がるなら、心技体ともにスキルを上げないといけない。なので、早く覚える。1件でも葬儀施行を取ってくる。少しでも売上をあげる。の三つは最低限の目標でした。

当時は、幕張りが設営のメイン作業ですから、ここで力量が問われる。何事も上手に早く。これができないと給料や日当が上がらない。次は司会(進行係)の裁量具合によって変わってくる。個人葬担当でも祭壇金額と参列者数(供養準備数)によって担当レベルが分けられていきます。社葬も多かったので、大型葬はエース以外は担当できない。

あとは… いかに社長やその身内に可愛がられるかがポイントでもありました。仕事はできるけど「あの人、ちょっと嫌い…」なんて、社長の奥さんの妹あたりに思われたら出世はない。なので、感の悪い奴というか、できない人間は、提灯持ちのスキルだけを上げる事に精を出します。そうして、究極のイエスマンが出来上がってくるのです。

この時代を過ごしてきた影響は残ってしまうかも

とまあ、こんな状況を経て現在の葬儀屋さんの土台がある訳です。このような背景がある業界が「物事を考える」時、消費者を第一になんて考える訳がない。もちろん、自社都合第一。儲からない仕事と自分たちの利権を邪魔する奴ははいらないのです。

当時の「いい時代の葬儀屋さん」を経験していた年代は、現在では二代目、三代目として代表者(葬儀屋は世襲が多すぎると思うケド)となっているか、独立しているか、管理職として在籍しているかあたりですが、その染み付いた思考プロセスだけでは、現代に合わせようともがいているだけに見えるのです。

今の葬儀代金の下落なんて、彼らには、遅れてやってきたリーマンショックみたいなモノで、昭和バブルが崩壊している事に気付いてないと思います。自分たちが何を提供し、何を売りにしていくのか、葬儀屋としてのアイデンティティの本質も関係無いですから当然でしょうけど…(互助会系に多いですが、何でも金かけりゃいいってもんじゃないと言うところが)。

姿形は変わっても、あなたの側にいるかもしれません

いや、今はそんな昭和な葬儀屋はいないですよ。とおっしゃると思うのですが、未だに着服事件なんてのが起きる、職場の管理状況や環境自体を考えてみても、なんら変わってないと思います。だって、親方自体が変わってないんですから、その思想を真似するヤツなんていくらでも出てきますよ。

国家資格でもないし、事業開始にあたって何ら許可や免許は不要。葬儀の仕事があれば、あなたも今から葬儀屋さんって世界ですから、何事においても基準があやふやなんです。トップの意思がその会社の法律って感じの業界ですので、トップの資質にかかる訳です。ただ、私の人徳がない事が原因だと思いますが、尊敬できる社長に出会った事は「無い…」。

CMでのイメージや、サイトからの情報発信で受ける印象は爽やかそうに見えますし、とても洗練されている雰囲気も感じます。さすが、葬儀のプロ。きっと、故人を尊重し、真摯に儀礼を考えている事を、社長さんは社員さんに厳しく指導しているんだろうな。

なんて、決して思ってはいけません。経営陣の根っこにあるのは、私の若き時代から見てきた人間と同じだと思っています。どこまで行っても「葬儀屋」なんです。

熱意を持って真摯に仕事に取り組んでいる若い方もいますが、彼らがその会社や業界に希望を失った時、その世界に馴染むか、失望するかしかないのです。若くても、見かけが爽やかでも、熱意がなくなれば、その思考回路は昭和の葬儀屋さんになってしまいます。

ま、人は見かけによらないって言いますから、よ〜く観察してください。

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